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日本の大衆歌曲・歌謡曲の歴史

281 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2013/12/20(Fri) 10:18
昭和も遠くなりにけり、来年(2014年)は昭和89年にあたる。
こうした中、今テレビの若者歌番組などで頻繁に飛び交う言葉、それは、『名曲』と言う言葉です。その重い言葉が鴻毛のごとく、いとも軽々しく飛び交っている若者文化には違和感を覚えると供に困ったことではないでしょうか。
しかも、「昭和」といっても、60年以上ある。 60年以上ある「昭和」の末期、豊かな時代の真っ盛り、50年代以降になってしまったようだ。言葉は重要です、『昭和』ではなく、あきらかに『昭和末期の』と言い換えるべきだろう。

今から81年前の、昭和8年(1933)1月早々、コロムビアは昭和歌謡史に残る記念すべきビッグな企画を発表。ライバル・ビクター専属の看板作詞家・西条八十と、コロムビアの看板作曲家である古賀政男に、専属を超えて1年間コンビを組ませるというもの。この専属を超えた企画によって、関種子「去り行く影」を初めとして、松平晃「サーカスの唄」、ミス・コロムビア「『お蝶夫人』の唄」、淡谷のり子「来る来るサーカス」など多くの作品が生まれた。戦後に至るまで数多くの「名曲」を世に送り出すことになる黄金コンビは、ここにスタートする。


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