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昭和歌謡が好きな人集まれ!

564 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/09/21(Mon) 11:37
窓に凭れて
作詞:島田芳文
作曲:古賀政男
歌唱:関  種子

(一) 
行きて返らぬ 若き日を
窓に凭れて 思いみる
夢多かりし かの頃の
雲のかからぬ 清らかさ
ああ 過ぎにし 過ぎにし春の
思い出よ

(二)
ただやすらけく ありし日の
胸のあこがれ 泡と消え
たけての今日の この胸に
地上の愛の なやましさ
ああ 涙に 涙にくるる
このこころ


関種子はクラッシックソプラノ歌手で、佐藤千夜子、長門美保、佐藤美子、四家文子、松原操などと共に活躍し、初期の古賀メロディーを中心に、ヒット曲を出した人気歌手でしたが、短い芸能界でした。

関種子は、クラッシックのソプラノ歌手で、本格的な声楽家です。
明治40年9月18日、岡山県生まれで、小学生の頃から琴に親しみ、上京後、東京音楽学校に進学、在学中に結婚、本科を首席で卒業しました。
坪内逍遥原作、山田耕筰作曲の歌劇『墜ちたる天女』で楽壇デビュー、クラッシックのソプラノ歌手の活躍を始めました。
『墜ちたる天女』の抜粋をコロムビアレコードに吹き込んだ縁で、昭和6年に同社からデビュー、『窓に凭れて』『嘆きの夜曲』『あけみの唄』『日本橋から』など、主に初期の古賀メロディーをヒットさせています。


私は国立音大で関先生に教えを受けました。ご自宅にもレッスンに行きました。また、軽井沢でのセミナーにも参加しました。とても素晴らしいコロラツゥーラソプラノでした。先生が本邦初演の「ランムールのルチア」のアリアを頂き、練習しました。大学3年の時でした。中田喜直の「霧と話した」も初演でした。有名で日本語もドイツ語もイタリア、フランスと造詣が深く、素晴らしい声楽家でした。この頃は歌謡曲が声楽と言われていたそうです。しかし今のような文化ではなく、日本歌曲をどのように浸透してゆくか、迷った時代でした。NHKのラジオでの多くの音大での声楽家、オペラ歌手が今で言う歌謡曲を歌いました。美しい発音と発声法でマイクに頼らず、心を歌いました。私が卒業の時『心と声』と直筆で書いてくださいました。今70歳を目前にその意味がやっと解ってきました。
心の歌を歌うのは声を大切にしなくてはなりません。関先生にもっともっとお習いしたかった今日この頃でした。



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