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【オリジナル】国立光明学院 14時限目【異能】

1 名前:凪沙雨音 ◆V.9gKSA. 投稿日:2022/02/01(Tue) 00:10

「やぁ、ようこそ。此処は国立光明学院」

「名家の令息や令嬢が多数在籍する名門校だ。表向きにはそう言う事になってる」


「実情は"異能者"つまり超能力者を掻き集めて、訓練して」

「武力、兵隊……いや"人間兵器"として育てるための、国営の牧場か工場って所か」

「おっと、脅かしてしまったかな。安心しろよ、最近は普通の学校っぽくなってきてるし」

「ま、重く捉える必要はない。どう見るかは君たちの自由だ」

「異能があろうがなかろうが、皆それぞれ楽しんでるよ。多分な」


「少しばかりでも興味が湧いたなら、これを読んでみてくれ」

「パンフレットだ。特に入学案内の欄は重要だぞ? 入学、転入の意思があるなら一読を頼む」


ttps://w.atwiki.jp/m_komyo/


「名簿や施設などなど、在籍しているなら自由に使えるものもある」

「ただし……理解しているとは思うが、校則は守れよ。自由と無法を履き違えちゃいけない」

「まぁつまり、ルールとマナーを守ってなんとやら。硬くならずに、常識の範囲内で楽しくやろう」


〜入学案内・名簿・施設〜

入学案内(利用の際の注意事項)
ttps://w.atwiki.jp/m_komyo/pages/10.html

名簿(キャラクター):
ttps://w.atwiki.jp/m_komyo/pages/11.html

書庫(SS置き場):
ttps://w.atwiki.jp/m_komyo/pages/28.html

美術室(イラスト置き場):
ttps://ux.getuploader.com/komyo/
(閲覧パスワードヒント:「光明学院と対を成す異能者学院の名前」)

分校(避難所):
ttp://jbbs.shitaraba.net/internet/24652/

旧校舎(旧避難所)
ttp://jbbs.shitaraba.net/otaku/17702/



488 名前:(1) ◆V.9gKSA. 投稿日:2022/10/08(Sat) 20:40

あのカルト教団による動乱―――――通称『大戦』から早くも10年。

家族を喪い、国を始めとする多くの助けを受け、ただの小僧でしかなかった私は今。


異能社会の監視者、人の営みとその平穏を守る存在。

政府お抱えの能力者が集う秘匿部隊、『異能員』の一員となっていた。

……と言ってもまだまだ入りたての、先輩方の付き添いでしか現場に出た事のない新米だ。

配属された班内でも一番の若輩、言葉を選ばず表せば下っ端。

今回はそんな私の、初めての単独任務となる。


大戦にて世界を敵に回し戦ったテロリストの幹部、その監視。

………常識的に考えて、新人の仕事ではないだろう。指令を受けた際に耳を疑ったのが記憶に新しい。

だが私も異能員の末席に名を連ねる身、「できません」は許されないのだ。

既に命令は下されている。今更逃げ出せば、仮初と言えど自由を得た彼女が何をしでかすか。

やるしかない。不安は拭えずとも腹を括り、気を引き締めて、監視者としての職務に臨んだ。


―――――監視対象の第一印象は、『今時の若者』だった。

最新型のスマートフォンを片手に、気だるげに佇む妙齢の女性。

齢は……目測になるが、凡そ20歳代半ば。班長と同じ年頃だろうか。

今そうだとするなら、大戦時には高校生くらいになる計算。俄かには信じがたいが、事実だ。

「今度の首輪はてめえか」

液晶画面から視線を上げた、鬼女の琥珀色が私を射抜く。

そう認識した次の瞬間には、視線は再びスマートフォンへ戻されていた。

どうやら私個人に対する興味と言うものは、欠片たりとも持ち合わせていないらしい。

好都合だ。一見して人畜無害に見えても、この女はかの大戦で暴れ回った鬼。人の皮を被った悪鬼なのだ。

こんな危険人物と、誰が好き好んで関わりたいものか。

事務的結構、粛々と務めを果たすのみ。そう心に決めて、背まで向けた女を追い歩を進めた。


暫し歩く間で、幾つか分かった事がある。

対象は画面を見ながらも足取りは確かで、地図を確認している様子はない。

つまり目的地は既に頭に、或いは足に入っているのだろう。

そして私に対し、注意を払っている様子もない。完全に眼中にないようだ。

嘗められているのは癪に障るが……堪えろ。此処は市街地、戦闘行為など以ての外。

少なくとも私の隙を突いて逃げ出したり、突然暴れ出したりする予兆は全くない。

大人しくしているなら、それでいい。………そう、自分に言い聞かせた。


そうこうしている内に、奴が足を止めた。つられて私もその場に留まる。

「ここだ」

見遣れば其処は、何処にでもあるような喫茶店だった。

ごく普通の、何の変哲もない一店舗。こんな場所に何の用事が?

一抹の疑問、そのために足が止まり。勝手知ったるとばかりに入店する、その背中を慌てて追った。

そしていざ入店してみれば、やはり何の変哲もないただの喫茶店。

ますます疑問は深まるも、彼女も状況も私を待ってなどくれない。

「おい」

私を放置して、店員と一言二言交えていた彼女の声。

一体私に何の要件か、思うよりも早く答えが振られてきた。

「預かってるカードあんだろ。あれ見せろ」

カード。預かりもののそれに、私は心当たりがあった。

蝙蝠に寄り添う銀色の狼、その意匠が刻まれた金属板。

政府の技術開発部から異能員に提供されたと言う、非接触型ICカードのようなもの。

どうして今、そんなものが必要になるのか。また疑問はあったが、大人しく言う通りにした。

刻印が見えるようにメタルカードを提示すると、首肯した店員が次はハンディスキャナーを取り出し。

対象は手にしていたスマートフォンを持ち替え、カバーをスキャナーに近付ける。

1秒か、或いは2秒か。その程度の間の後に、次は私の番だと告げられた。

向き直れば既に端末を持ち替え直し、液晶画面に視線を落としているこの女。

倣ってカードをスキャナーへ近付け、数秒。「もう結構ですよ」との店員の言葉に、私より先に対象が動いた。

その場を離れて店内を歩きだした彼女の、その背を急いで追い掛ける。



489 名前:(2) ◆V.9gKSA. 投稿日:2022/10/08(Sat) 20:41

階段を上って、客席の間を抜けて、階段を下りて、また下りて。

物々しい金属製の扉が、我々を出迎えた。備え付けられた近代的な装置が、却って異質さを思わせる。

地下室へ繋がるだろう扉と、それを施錠するカードリーダーらしきもの。

先程スキャナーにしたように、彼女がスマホカバーを装置へ近付けた。

たっぷり5秒ほど掛けて電子音が鳴り、続いて重苦しい金属音が響く。

目の前の女は扉に足を向け、軽く靴底を押し付ける。重低音を立てながら、ゆっくり開く金属扉。

開錠を確認するとそのまま蹴足を押し込み、一気に扉を開いてしまった。

響く音に思わず身構えた私を残し、対象はそのまま地下室へ。我に返った私も、急ぎ後に続かんとするが。

その時には扉はもう、轟音を立てて閉まっていた。咄嗟に押し開けようとしたが、全力を掛けてもびくともしない。

殴っても蹴っても、駄目元でタックルしてみても無駄だった。何なら自身が痛むだけまである。

焦りでパニックになりつつある私の脳内。そんな最中で、一握りの冷静な部分が気付きを掴んだ。

その気付きの確認に数秒。スーツの内ポケットからメタルカードを取り出すのに数秒。

カードリーダーによる認証にまた数秒、計して凡そ10秒強。

それだけの時間を要しながらも、彼女に続いて金属扉を潜った。


入室―――――否、『入店』した私の背後で、扉が閉まる。

そう、『入店』だ。喫茶店の地下室には、また店があった。

と言っても今度は明るい喫茶店ではなく、落ち着いた雰囲気のカウンターバー。

席数は少なく、客も殆どいない。静かな空間にジャズミュージックが響き渡る。

そんな中で対象を探すのに、労はなかった。カウンター席に腰掛け、バーテンダーと話をしているようだ。

大股で近寄り、左隣に着席する。断りを入れる必要はない、この女に拒否権はないのだから。

「注文はあるかね」

青毛のバーテンダーが問うてくるが、職務中故に一切不要と断った。

私は此処へ酒を飲みにきたのではなく、危険人物の監視にきたのだ。

相手もそれを承知の上なのか、特に何かを言うでもなく。元通り、対面していた鬼女へ向き直る。

「………それで、野郎の足取りは?」

「生憎だがな、さっぱりだ」

私の存在などないかのように、2人が会話を再開した。

それでいい。私の務めは雑談ではない、監視だ。何時でも、何事にも即応できるよう備えるのみ。

「"彼女"も方々を探っているが、らしき人物は見当たらんとの事」

「良子にも見つかんねぇとなると、物理的に隠れてるわけじゃなさそうだな……チッ、クソピエロが」

クソピエロ。その呼称が指す人物を、私はたった1人しか知らない。

この鬼と同じく大戦のテロリストであり、教団幹部の一角。

幹部連の中で最も弱く、最も狡猾で、そして最も多くの犠牲者を生んだ『薄笑の道化』。

ただ1人だけ生死不明のまま、各国政府の手の内をすり抜けた謎多き男。

奴が生きている? ……可能性は否定できない。死体も未だ見付かっていないのだから。

だが同時に、生存の確証もまた見付けられていないのだ。この2人の会話を聞くに、生存は共通認識の様子。

この女がそう信じるのは頷ける。教団の内通者からの証言では、鬼女と道化は特別に関係を持っていたらしい。

個人的な情があれば成程、生きていると思いたいものだろう。鬼の目にも涙とも言う事だ、それは分かる。

だが、このバーテンの場合は説明がつかない。教団幹部と個人的な交友があり、大戦を経て尚も継続している?

一体この男は、何者なのだろうか。教団か、政府か、何れかの関係者なのは間違いないだろうが。

「心理の裏にものを隠すのは、道化の人の十八番だからな」

「ンなこたぁ昔っから知ってんだよ。嫌になるくらいに」

苦虫を食い潰したような顰めっ面。鬼の不機嫌を前にしても、対する涼し気な微笑は揺るぎもしない。

益々以て気になる。この男、本当に何者なのだろうか。



490 名前:(3) ◆V.9gKSA. 投稿日:2022/10/08(Sat) 20:41

見る限りでは概ね30歳かその辺り、大戦の頃には20歳の計算だ。

確か政府や教団とも深く関わる旧光明学院の、当時の生徒会長がそれくらいの年齢だった筈。

しかしその生徒会長、現在は神鳥財団の代表を務める彼は、今でも頗る有名人だ。

大戦では最前線に身を投じて教団と戦い、戦後では戦災被害地の復興に尽力した現代の英雄。

画面越し、紙面越しではあるが、私も顔を見た事がある。断じてこんな青い髪の、無精髭の中年ではなかった。

「まぁ、これでも食って気を静めろ。いいのが手に入ったんだ」

「………」

静かに置かれた椀には、たっぷりと盛られた白玉あんみつ。

仏頂面のまま、無言で手を伸ばす鬼。指先が掴んだのは……匙。

白玉団子を掬って一口、餡子を掬ってまた一口。

固唾を呑んで見守る私を他所に、鬼女は甘味に舌鼓を打つ。

「美味ぇな。何処のだよ、これ」

「"あまや"の新作だ。友人割引は利かなんだがな」

『あまや』と言えば、同じような名前の料亭や菓子店は全国各地にある。

しかし我々能力者、特に私の所属する班の間で最も有名なものは1つ。

教団の元幹部である内通者と、彼に教団からの離反を決意させた班長の友人。

若き夫妻が営む和洋総合菓子店、それが私の最も知る『あまや』。

班長が贔屓にしていて、差し入れとして買ってきてくれる事がままある。

何を隠そう、私もあの店のファンなのだ。しかしこのバーテン、あの店主夫妻とも友人とは。

本当に何者なのだろうか。謎は一層、深まるばかり。

「何時ものでよかったかな」

「あぁ」

そんなこんな考えていると、バーテンが動きを見せた。

慣れた風なやり取りと共に出される、徳利と猪口。

前者を鷲掴みにした鬼の顔が歪んだ。ほんの少し、眉を顰めた程度のものだが。

「ぬるくねぇか?」

「日向だ。冷たい甘味にはそれくらいが合う」

そう説かれて納得したのか、中身の燗酒を猪口に注ぎ。

ぐいっと一口。眉間の皺が取れた瞬間、再び深く刻まれる。まさか、不味かったのだろうか。

「………悪くはねーぞ」

「ふふ、そうか。気に召したようで何よりだ」

違ったようだ。しかしならば何故、そんな厳めしい表情をしているのだろうか。

まさか美味しさに思わず緩んだ顔を見せないため、敢えて顔に力を入れたとでも?

……いやいや、それこそまさかだろう。まったく何を考えているのか、私は。

「けどもっと熱い方がアタシ好みだな。あんみつと合わせても」

「了解した。次は上燗にするとしよう」

会話とは裏腹に、バーテンが徳利を下げる様子はない。

それに対する鬼女のリアクションもないと言う事は、駄目出しはしてもそのまま飲む心算か。


―――――しかし、こうして見ていても美味しそうに食べるものだ。

鬼神の悪名を轟かせていても、こう言う所は女性だと言う事だろうか。

………いけない。監視の職務中にも拘らず、私まで空腹になってきた。

今からでもあの白玉あんみつを注文できないか? 酒さえ避ければ問題ない筈だ。

いやしかし、注文できたとして経費で落ちるだろうか……いやいや、一体何を考えているんだ私は。

雑念を捨てろ、今の私は栄えある異能員。食欲に負け務めを投げ出すなど言語道断。

誘惑に負けまいと抗う私と、そんな私を完全に無視して飲食と談笑を続ける彼女。



491 名前:(4) ◆V.9gKSA. 投稿日:2022/10/08(Sat) 20:42

2人の背後で、轟音が炸裂した。

「おっちゃーん! いつものー!」

何事かと振り返れば其処には、隣の鬼女と同じくらいの年の女。

黒髪黒目、顔いっぱいに満面の笑みを浮かべ。口元で八重歯が明かりを反射し、きらりと輝いた。

「10年経っても落ち着きがないな、お前は」

「ふふん、おっちゃんもそんなウチの方がええやろ? ………ん?」

どうもバーテンの知り合いのようだ。この顔には私にも見覚えがある。

以前にあった、外国政府のエージェントとの合同任務。

彼女はその際、先方にただ1人だけいた日本人だ。名は確か……。

そうまで考えたその瞬間、空気が変わった。監視対象と闖入者と、向き合い視線が結び付く。

「るっせぇぞ、愚図。そろそろ空気の読み方くらい覚えろや、学習能力ねぇのかよ」

「はァ!? おつむの出来についてお前に言われたァないわ! 鏡ィ見て抜かさんかいボケコラカスゥ!」

ジャズの旋律をかき消して、黒髪の女の怒声が響く。耳元で叫ばれた鬼もまた、怒りを煽られたか。

猪口をカウンターテーブルに叩き付け、牙剥く相手へ向き直った。

「うるせぇっつってんだろ愚図鬼ィ……! また黙らされてぇか? あ゙ァッ!?」

「上等やドアホ! 今日こそおどれ這い蹲らせて勝利の美酒の肴にしたるわァ!」

場の空気に呑まれていたが、流石にこれ以上は冷静にならざるを得なかった。

喧嘩と言えど戦闘行為、それも片や監視中の危険人物のものだ。見過ごすなど、あってはならない。

今にも互いに掴み掛かって、殴り合いに発展するかと言う寸前で、どうにか割って入る事ができた。

何とかして落ち着かせるべく、言葉を選びつつ口を開き。

「邪魔すんじゃねぇッ!」「去ねやアホンダラァ!」

だが、言葉は出なかった。呼吸ぴったりに口を揃え、力尽くで邪魔者を掃う2人。

視界いっぱいに広がる拳と拳。私が最後に見たものは、それらだった。


―――――そうして再び目を覚ますまで、どれ程の時が過ぎていたのか。

ほぼ反射の域で身を起こし、周囲を確認。対象は、そして自分は何処にいる。

まず視界に飛び込んできたのは、先と変わらぬバーの内装。

カウンターに目を向ければ、女2人に男1人。私を殴り飛ばした2人とバーテンの姿に、まず安堵した。

対象は逃げておらず、店内が荒れた様子もない。八重歯の彼女が、あの鬼を止めてくれたのだろう。

ふと、視界に違和感があった。顔に手を当てれば、あるべきサングラスが其処になく。

視線を彷徨わせて探すと、すぐ付近のテーブルに置いてあった。その折、またしても疑問が浮かぶ。

気を失う程の威力で殴られたあの時、間違いなくサングラスは割られた筈だ。

だのに眼下の黒眼鏡にも、私の顔にも、一切の傷を認められない。全くの無傷とはどう言う事なのか。

不思議がりながらも、とりあえずはとグラスを装着。カウンター席でくつろぐ監視対象へ寄らば、2人分の視線を向けられた。

1人はすぐさま目を手元に戻し。もう1人は苦笑と共に立ち上がり、視点を合わせてきて。

「頭に血ィ上っとって……手ェ挙げてもうてすまんなァ、堪忍」

確かに突然殴り飛ばされ、意識を断たれた。それにより監視の任を妨害されたのは事実だ。

だが結果として、対象が逃げ出したりしていないのもまた事実。

私が寝ている間、貴女が監視役を代行してくれていたのだろう。ならば責める理由もない。

そう述べてから、仕事を押し付けた形になった事を謝罪する。

監視の任務を受けておきながら、その監視対象に殴られて気絶するなどあり得ない。

何たる無様。異能員失格だ、穴があったら入りたい。自責を胸に頭を下げるが、しかし。

「あー……頭とか下げんでええよ、ウチかてなんもしとらへんし」

返ってきたのは、歯切れの悪そうなそんな物言い。はて、だとしたらこの現状。

激した悪鬼が今、こうも大人しくしている状況は何故なのか。



492 名前:(5) ◆V.9gKSA. 投稿日:2022/10/08(Sat) 20:42

この場には鬼と、彼女と、私と、そしてバーテンしかいない。

唯一止められそうなこの人が違うとなれば、一体誰が? 自発的に矛を収めた? それこそまさかだろう。

「そもそもこの愚図にアタシをどうこうなんざ、できるわきゃねぇだろ」

「いっつまでも愚図愚図やかましわ! なんちゃらの一つ覚えもええ加減にせえアホウ!」

「ンだと愚図鬼の分際で。やんのかゴラ、あ゙?」

「上等やないかおうコラァ。なんやビビっとんのか? おォ?」

疑問を脳裏で渦巻かせている間に、またも不味い流れになりつつあった。

今度こそ私が止めなければ。その決意と共に、2人の間に割って入ると。

「お前たち」

低いながらもよく通る声が、その場の動きの一切を止めた。

「溌剌も結構だが、その辺にしておけ。これ以上は俺も許容しかねる」

声の主は私でない男性。つまり今の今まで傍観者を気取り、口を挿まなかった青毛のバーテンダー。

いけない、このままでは矛先が彼に向かう。それだけは許されないと、我が身を盾にすべく身構え。

「………チッ」

「……おっちゃんに迷惑かけたらあかんなァ。なんもせえへんから、堪忍してや」

―――――決意は、特に意味がなかった。

私が何をするまでもなく、バーテンによる鶴の一声で収まったのだ。

悪名轟く鬼女と、それに退かず張り合う女。言葉1つで両者を抑えるこの男性は、本当に何者なのだ。

「おっちゃんに免じてこの場は引き下がったるさかい、感謝せえよ」

「誰に口利いてんだ愚図が。そのセリフ、そっくりそのまま返すぜ」

「なんやとコラ」「やんのかオラ」

またしてもひり付き出す空気、不穏な場の流れ。睨み合い三度から殴り合い再びか、と思いきや。

「言葉では伝わらんようだな」

「……こっちゃ来ォ。呑み比べで勝負や」

「はッ。酒だろうがなんだろうが、てめえじゃアタシに勝てねぇって躾け直してやる」

バーテンの言葉により、殴り合いは避けられた。

連れ立って席を立ち、私が寝ていたテーブル席へ向かう2人。

片時たりとも睨み合いはやめないまま、しかし暴に訴える気はもうないようだ。

職務上、私も続かざるを得まい。そう思って歩を進めようとしたが、1つの疑問が足を止めた。

口先だけで鬼を制するこの男の、正体について。

貴方は一体何者なのか。吐露した疑問を挟み、閉ざされた眼差しが私に向かう。

「何者でもないさ」

表情、声音、姿勢、手元。何れも揺らぎなく、返る言葉の掴み所もまたなく。

グラス2つと酒瓶でいっぱいのケースを抱えた彼は私に背を向け、そのまま睨み合う鬼の許へ。

そして荷物だけを残し、再びこちらへと戻ってきた。固まって動けない私の肩に、そっと手が置かれる。

「お前が見ての通り、ただのオッサンだよ」

すれ違い様に背を押され、彼と入れ違いになって半歩前へ転んだ。勢いのままもう数歩、緩慢に歩み。

振り返り、言う所の『ただのオッサン』を見遣れば。彼は既にこちらではなく、新しい客に向き合っていた。

身動ぎに揺れる金糸、遠目にですら輝く翡翠。一瞬だけ班長かとも思ったが。

よくよく考えればそんな筈はない、あの人はまだ勤務中だ。仕事をサボってバーに繰り出す程、彼女は不真面目ではない。

ならば誰なのだろう、とまで考えて―――――その疑問を捨て去る事にした。

今の私は職務中の、ただの異能員。監視対象に関係のない相手を知る必要も、知りたがる必要もありはしない。


無関心と言う結論を胸に、あらゆる疑問を飲み下す。

そうした私の足取りは軽く、鬼の酒宴へと向かっていた。



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