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最近の右翼はだらしない
- 1 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/03/25(Wed) 21:15
- 何のための右翼だよ ぁあ ちゃんと仕事しろよ 人害はいっぱい移民政策であふれてんのによ もっと過激なことやれ
- 2 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/04/04(Sat) 15:38
- ,
- 3 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/04/08(Wed) 10:15
- まーなんだその
右翼も左翼も、このごろはキチンとした思想をもった奴がいないからねー
たとえば
集団的自衛権は違憲だが自衛隊は合憲などと
わけのわからんことを言う
バカも出てきたりして
一般常識人は苦労するんだよねー
- 4 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/04/08(Wed) 23:19
- >>1
阿部は極右だと粋がっているが、ウソッパチ、カッコツケのパフォマンスだけで、
無能かつ不能で、自分で戦争を指揮するどころか、自前の兵士の一人たりとも
作ることのできない幼稚園児のカスだね。
でも、幼稚園児とは言いながら、カネ、リケンには貪欲だね。
自分で戦争なんかできる訳もない小さな玉しかないくせに、誰かが戦争を始めたら
軍事、兵器産業が儲けて、莫大な余禄が自分の懐に入ってくるのを待ち構えている
ってところだね。
でも、いくら儲かったところで、一代限りで、家系断絶。遺産は、すべて夫人のもの。
そして、そのすべてが、反戦・平和のために使われることに期待しよう。
- 5 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/04/12(Sun) 12:31
- あげ
- 6 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/04/19(Sun) 08:20
- >>4
こういう卑劣な個人攻撃はやめましょうね。
たとえば、政治家が権力にものをいわせて汚職などで私腹をこやし
その金で愛人・妾を囲い贅沢をしているのを批判するのは、政治批判であり、
個人攻撃ではありません
しかし、自分の子供がいないことは政治家個人の不幸であって政治とは全く関係ありません
それを嘲笑するような下品で低脳・低レベルなことをやるのは、
ノータリン基地外のすることです
普通の左翼なら、絶対にこんな間抜けなことはしません
- 7 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/05/06(Wed) 19:13
- 右翼も今は思想がバラバラなんだな
そのうえネット左翼(実は反日工作員)などが、普通の常識人を右翼右翼と
呼んだりするから、余計話がややこしくなるんだな
左翼もバラバラで、何が何やらわからなくなっている。
ネットに出てくる左翼は全部反日国家からやってきた反日工作員か、
または頭のおかしい病人。
本当の左翼はネットには出てこない。
ネットで議論すると負けると最初からわかっているから。
- 8 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2026/03/09(Mon) 20:44
-
[[[[[ 山岡荘八 -
……1958年5月、『徳川家康』により中日文化賞を受賞。同年10月4日から岸信介首相、藤山愛一郎外相、ダグラス・マッカーサー2世大使らは日米合同委員会を開き、安保条約改定の交渉を開始した。交渉が進むにつれ、安保条約改定反対の声も高まっていくが、岸政権を批判する新聞七紙の投書欄に憤りを感じた山岡は、以前から書きたかった「政治小説」の第一作の主人公に岸を選ぶことを思い付く。
1959年5月10日、実名小説『小説岸信介』を上梓した。1962年、『徳川家康』は講談社の書籍売り上げの11.2%を占めるほどのベストセラーとなった。さらに1963年4月に発売された『新刊展望』(日本出版販売)の臨時増刊号で、前・通産大臣のS藤E作が「この本には、政治、軍略、経済から宗教にいたるまで、すべての問題が網羅されている」と持ち上げたことから、『徳川家康』は日経連(経団連の前身)の経営者の間で必読の書のような扱い方をされた。
……1974年8月、モラロジーの提唱者の廣池千九郎の伝記小説『燃える軌道』第1巻を刊行(1978年7月に完結)。1978年4月、笹川良一の伝記小説『破天荒 人間笹川良一』を刊行。
■政治活動・人物
1959年8月15日、日本総調和連盟主催による第1回総調和の集いが日本大学講堂(現・両国国技館)で開かれた。山岡は司会を務め、集会で披露された「八月十五日 九千万国民の日創定趣意書」を執筆した。
……1966年1月、自衛隊友の会会長に就任。1967年4月に行われた東京都知事選挙では、J民・民社統一候補の松下正寿の推薦人に名を連ねた。選挙母体である都政懇談会の機関紙にコメントを寄せ、松下を「真の平和主義者」と評した。
1968年3月13日、「明治維新百年記念式典」(主催:明治神宮・明治神宮崇敬会、協賛:神社本庁)が日本武道館に約1万2千人を集めて開催された。山岡は祝辞で「東西冷戦の中、神々を仰ぎながら国を二つに割らない努力を真剣に続けることが、明治大帝のご神徳にお応えする一番大切なことだ」と述べた。
1969年、モラロジーの提唱者の廣池千九郎の孫で、道徳科学研究所(現・モラロジー道徳教育財団)所長の廣池千太郎と会報誌「モラロジー」4月1日号において対談。同団体の教義に共鳴した山岡は1974年から1978年にかけて、廣池千九郎の書き下ろし伝記小説『燃える軌道』全5巻を著した。
……1973年、山岡は富岡盛彦、安岡正篤、明治神宮宮司の伊達巽らとともに日本工業倶楽部会館に集まり、保守系宗教団体が合同で行う愛国運動の構想を練る。1974年4月2日、「日本を守る会」(日本会議の前身)が設立され、山岡は代表委員に名を連ねた。1975年6月16日、△△△△の「国民葬」が日本武道館で開かれた。山岡は友人代表として追悼の辞を述べた。
1976年11月10日、△△△△の△△△△を祝う政府主催の記念式典が日本武道館で開かれた。日本を守る会の事務局を担っていた△△△△は式典にあわせて奉祝パレードを行うことを計画。山岡に働きかけ、山岡は奉祝委員会会長に就任した。明治神宮が多額の資金を供出し、新橋から上野まで5.5キロある中央通りで大規模なパレードが開催された。
1978年7月に設立された「元号法制化実現国民会議」(日本を守る国民会議の前身)の呼びかけ人に名を連ねた。1975年4月9日から9月17日にかけて、『徳川家康』を元にしたアニメーション番組『少年徳川家康』がNETテレビで放映された。笹川良一が会長を務める日本船舶振興会は同番組を単独提供した。
笹川と山岡は、山岡が海軍報道班にいたときからの三十数年の知己であった。1977年…、9月から笹川の伝記小説の執筆にとりかかった。1978年4月5日、書き下ろし小説『破天荒 人間笹川良一』を刊行。あとがきにおいて「不屈の志を貫き、王国を築いた笹川氏は、まぎれもない風雲児である」と述べ、笹川を「平和主義的愛国者」と評した。 ]]]]]
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