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日本の歌こころの歌

101 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/04/16(Thu) 08:48
戦前は、貧しい時代ではあったが、軍国主義を除けば情緒があったようです。日本の天才的な数学者の岡潔さんもそう言っています。「戦前は軍国主義を除けば、良い時代であった」と。

ミス・コロンビア・松原 操の歌謡曲のSP録音を復刻したセット、彼女は昭和6年に東京音楽学校を卒業し、クラシックの声楽家として活動していたが、コロンビアにスカウトされ歌謡曲も歌うようになった。
彼女の歌を聴いていると、かつて存在したが今はもう失われた日本女性の美徳、純情、可憐、清楚、貞淑といった要素をその歌唱の中に昇華し結晶化しているように思われる。大げさな言い方になるかもしれないが、西洋音楽の歌唱において日本らしさ、日本的スタイルがここに確立しているとみることができる。そして彼女以後、これ程、日本的な良さを感じさせる歌手は出なかった。その意味でまことに貴重な記録がここにあるといえよう。
映画の内容は知らないけど、この歌は大好き。

西條八十・古賀政男、この二人の巨匠になるたくさんの美しい名曲最高。
霧島昇さんの甘くソフトな歌声がより引き立てています

戦後大きく変わったのは恋愛の自由、恋愛は昔も今も小説、映画のテーマであることように変わりないのだが、それまでの恋愛表現は奥ゆかしさがあったのが、戦後自由奔放になってくる。
その先駆けみたいなものが石坂洋二郎作品・・「青い山脈」だろう。
「青い山脈」というのは石坂洋二郎作品で、その新聞連載の昭和24年(1949)映画化作品とその主題歌(西條八十作詞、服部良一作曲)。ちょうどブギウギがはやっていたころ。
でもなにか「平和」を願うみたいになっているが気になるが、東北地方の港町を舞台に、封建的な田舎町における奔放な男女交際をめぐる騒動、それと戦う若い女教師の姿を描いたもの。未だに戦前の「封建的な社会制度」を引きずっており、女性は男性より低い立場にあるのが当たり前という封建制度と戦う姿。戦う陰にあるのは戦後の「奔放な男女関係」であって「平和」そのものではない。

前年、まだ恋愛にも奥ゆかしさがあったころ、昭和23年(1948)の「三百六十五夜」(西條八十作詞、古賀政男作曲)とは、同じ恋愛小説の映画化作品であるが、まったく異なるもの。
西條八十は数えきれないほどの名作品を世に送り出したことで知られるが、特にその心情、苦悩を謳ったそれは他の追随を許さないものが有る。
しかし、この「青い山脈」に限っては、奔放な男女交際に踏み込んでいるとは思われない。心情が見えない。苦悩もない、何のことかわからない、平和を願った歌とであるように勘違いしてしまうような、西條八十にしては、さらっとした、景色など一般的な表現で、中身に踏み込んでいないのは物足りない気がする。
石坂洋二郎原作映画「青い山脈」とは、東北地方の港町を舞台に、若き男女の交際をめぐる学園内の騒動を描いたもの。

だから、藤山一郎の歌唱によって、一般的人気を集めている一方で、「バラ色雲」とか、、「若く明るい」だけでは軽いとの辛口の批評も常に付きまとう。 その背景とは・・。



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