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昭和「日本映画黄金時代」と映画主題歌

1 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/10/04(Sun) 23:04
昭和前半、昭和の初頭から昭和30年代にかけ、日本映画は黄金時代にあった。

まだ日本が草深かった時代、日本がまだ貧しかった時代、まだテレビもなかった時代、
娯楽は「映画」だった。

どんな小さな街にも、ちいさな映画館があった。そして映画公開を楽しみに待った。
その映画には主題歌があって、レコード全盛時代で映画とともに人々は、それを愛唱し
口ずさんだのが今に残る多くの名曲だった。

日本におけるトーキ―映画の最初は田中絹代主演の昭和6年「マダムと女房」。日本における「映画主題歌」は、
昭和4年、佐藤千夜子「東京行進曲」(西條八十作詞、中山晋平作曲)。

特に、映画と提携したのが昭和6年に彗星のごとく登場した古賀政男で、「古賀メロディー」の名で愛されたその多くの名曲の、その多くは映画主題歌でもある。



33 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/11/26(Thu) 19:19
戦前から戦後にかけて名作で知られる大女優「原節子」が亡くなって。
15歳から多数の映画に出演した。
ここにでてくるものでは・・・

『緑の地平線』前篇(阿部豊 監督、1935年)ゆかり(原初のトーキー作品。)
『緑の地平線』後篇(阿部豊 監督、1935年)ゆかり(原初のトーキー作品。)
『白衣の佳人』(阿部豊 監督、1936年)由紀子
『検事とその妹』(渡辺邦男 監督、1937年)明子
『勝利の日まで』(成瀬巳喜男 監督、1945年)(冒頭の15分のみ現存、原はクレジットされているが出演場面を確認できないため、原節子作品リストに掲載されることがない幻の作品。)
『麗人』(渡辺邦男 監督、1946年)菊小路圭子
『青い山脈』(今井正 監督、1949年)島崎雪子
『続青い山脈』(今井正 監督、1949年)島崎雪子



34 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/11/27(Fri) 08:10
原 節子(1920年6月17日 - 2015年9月5日)は、日本の大女優。「永遠の処女」と呼ばれ、戦前から戦後にかけて活動し、日本映画の黄金時代を体現した。
初めて映画出演は15歳、昭和10年〈1935) 阿部豊監督日活映画「緑の地平線」。ゆかり役。
ゆかりの唄(佐藤惣之助作詞、古賀政男作曲)はゆかりをうたったもの。
他に「白衣の佳人』『検事とその妹』『勝利の日まで』『麗人』など戦前戦後にかけて、「古賀作品」と関係の深い作品に多数出演している。、

35 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/11/27(Fri) 15:24
>>34

ゆかりの唄

作詞:佐藤惣之助
作曲:古賀政男
歌 :ディック・ミネ (台詞;星玲子)

都のともしび たのしく燃ゆれど
わが胸は
露にむしばむ かよわき花
涙にかがやく 初恋も
あゝ短きは 乙女の命

あゝ傷つきぬわが胸は、真白きリラの花のごと、
一人さびしく夕月に、すすり泣きつつしのびつつ、
あわれ今宵も散りて行く、ああ美わしの花よ、
なれの名は乙女、はかなくも消え行く雪よ、
なれの名も乙女、紅そめし頬も、
みどりのくろ髪も、束の間の秋の嵐にちりゆく。

高嶺の白雲 ほのかになびけど
わが夢は
さびし浅間の煙の影
嘆けどうつつに 消えゆきて
あゝ短きは 乙女の命



1935日活映画『緑の地平線』の挿入歌。いずれも佐藤惣之助の詩、星玲子の朗読があり、日本最高のジャズシンガーの称号を持つディック・ミネが歌唱しました。戦後、藤山一郎も歌っている。

「緑の地平線」(佐藤惣之助作詞、古賀政男作曲,楠木繁夫歌)とは前奏から対照的に、繊細な乙女の心情を描く物静かな名曲。



36 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/11/28(Sat) 11:45
夕べ仄かに

   作詞:島田芳文
   作曲:古賀政男
   歌唱:ディック・ミネ
   
    (一)
    夕べ仄かに 窓辺に立てば
    山のかなたの 空の色
    遠いあの日の 夢に似て
    かいなき君の 偲ばれる

    (二)
    夕べ彩なす あかねの空よ
    何故に思いを こがすやら
    山の遠さよ 過ぎし日の
    儚なき君の 想い出よ
    

    (三)
    夕べ仄かに またたく光
    星になりたや 一つ星
    黒い瞳に うつる影
    誰故流す わが涙

 
これも昭和10年(1935)、日活映画「緑の地平線」の挿入歌です。松島詩子のもある。


37 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/11/28(Sat) 11:58
緑の地平線

作詞:佐藤惣之助、作曲:古賀政男、唄:楠木繁夫



1 なぜか忘れぬ人ゆえに
  涙かくして踊る夜は
  濡れし瞳にすすり泣く
  リラの花さえなつかしや

2 わざと気強くふりすてて
  無理に注がして飲む酒も
  霧の都の夜は更けて
  夢もはかなく散りて行く

3 山のけむりを慕いつつ
  いとし小鳩の声きけば
  遠き前途(ゆくて)にほのぼのと
  緑うれしや地平線

昭和10年(1935)、日活映画「緑の地平線」の主題歌です。

38 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/11/28(Sat) 12:34
(参考)

横山美智子著「緑の地平線」朝日新聞社1935

絶版 図書館にあり。

39 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/11/28(Sat) 19:36

『検事とその妹』 惹句より


「検事とその妹」(1937年1月)は原節子の出世作「新しき土」(1937年2月)の直前の公開作品。宣伝チラシを入手した所、惹句には「新しき土により世界の舞台へ登場する節子。これは至純明眸可憐無比 原節子第一線への躍進篇」とあります。思いっきり原節子の話題性に飛びついた感がありますが狙いどおり、主題歌 「人生の並木路」とともにヒット作となります。



新しき土  

ストーリーは泉鏡花の「滝の白糸」のバリエーションで、検事を目指し学業を続けた兄を助けるために苦労した妹の結婚が決まるが、なんとその結婚相手が犯罪に関わっており、検事の兄が拘引する、、というもの。

惹句には「熾烈を謳われる検事の兄が裁きの庭に見出したものはなんだったのだろう? 幼少より苦楽をともにし、誰よりも愛している妹の幸福を約束する若者であろうとは! 検事の胸に絶え間なく吹きつける嵐の音よ!」と煽りたてます。それで「♪泣くな妹よ 妹よ泣くな〜」なんですね。それでも最後は「♪生きて行こうよ希望に燃えて 愛の口笛高らかに この人生の並木路」と妹は兄を許し、婚約者を待ちます。戦前の日本ってこういう苦労もの、お涙頂戴ものが好きだったんでしょうか。。でも是非、見てみたいですね。フィルムが現存するという話は聞いた事がありませんが、、。

****

■「検事とその妹」は1956年に丹波哲郎と日比野恵子主演で再映画化されており、あらすじ等の詳細は下記を参照ください。<h ttp://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD24817/>

■ちあきなおみが「緑の地平線」を歌った映像があります。
曲紹介では岡譲二、小杉勇、星玲子出演と紹介されていますが、せっかくだから原節子の星玲子と写ったスチール写真も使って欲しかった、、。(スチール写真は22点現存)

<h ttp://www.youtube.com/watch?v=AL1lixFc1C8>

「緑の地平線」あらすじ
⇒こうやって見ると随分、濃い話みたいですね。そしてデビュー間もない原節子はかなりの脇役なのでしょうか、あらすじには絡んでませんが、肺病のダンサー役で浅間山高原で恋人役の伊沢一郎と心中する、これまた濃い役所でした。前後篇とある大作なのでエピソードも多かったんでしょうか。



40 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/11/28(Sat) 19:45
日活映画1937 渡辺邦男監督「検事とその妹」

 原作 竹田敏彦「検事の妹」

41 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/11/28(Sat) 19:55
竹田敏彦「検事の妹」;大衆文学大系20 (講談社 1972.)


42 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/11/29(Sun) 00:07
☆入江プロ 「白衣(びゃくえ)の佳人」(監督;阿部 豊)1936 11/1月封切

挿入歌「泪の春」千早淑子(松島詩子)(佐藤惣之助作詞・古賀政男作曲)  11/3月テイチク
「月の横顔あの瞳 なんで忘りょう忘らりょう さびしうるわし黒髪に・・・」
                       

A面の主題歌「白衣の佳人」デックミネ、のほうが、同じ佐藤惣之助作詞・古賀政男作曲ながら有名で、今でも唄われている。
「すみれ花咲く武蔵野に 君と相見しその日より 乙女心はうす月の・・・・」

この映画では、主人公の入江たか子の妹の由紀子役で、原 節子が出ている。

43 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/12/05(Sat) 10:09
☆日活「検事とその妹」1937(監督:渡辺邦男 原作:竹田敏彦)


『検事とその妹』(けんじとそのいもうと)は、竹田敏彦の小説『検事の妹』を原作とした日本の映画である。1937年(昭和12年)に日活で映画化され、ディック・ミネの歌う主題歌『人生の並木道』(作詞:佐藤惣之助、作曲:古賀政男) がヒットした。1956年(昭和31年)には新東宝でリメイクされた。また1961年(昭和36年)11月28日には、フジテレビの『シャープ火曜劇場』でテレビドラマ化された。

あらすじは、「幼くして父母を失い、妹と二人で生きてきた矢島健作は念願の検事になることができた。妹の明子も柴野秀雄という男性との結婚が決まり、順風満帆の人生かに見えた。しかし、ある事件をきっかけに健作は柴野秀雄を検挙することになる・・・・」というものである。



キャスト
矢島健作:岡譲二
矢島明子:原節子
柴野秀雄:伊沢一郎
小林重四郎
高木永二
広瀬恒美
星玲子 

スタッフ
監督:渡辺邦男
原作:竹田敏彦
脚本:荒巻芳郎・玉川映二
撮影:渡辺孝

1956年版

キャスト
矢島健作:丹波哲郎
矢島明子:日比野恵子
秋本静江:筑紫あけみ
秋本亮一:北原隆
芝野秀雄:天知茂
芝野貞雄:中村彰
前田民蔵:高村洋三
押本:江川宇礼雄
上田:北沢彪
上田夫人:徳大寺君枝
堀川署長:高松政雄
阿部事務官:御木本伸介
橋本医師:三原純
橋本夫人:万代裕子
中本敏江:宮田文子
お春:真山くみ子
源助:武村新
ヤエ:藤村昌子
裁判長:高田稔


44 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/12/05(Sat) 10:49
日活映画1937「検事とその妹」は、昭和10年に執筆しました竹田敏彦の小説「検事の妹」を原作とした作品で、
1937年(昭和12年)に日活で、のちリメイクで1956年(昭和31年)に新東宝で製作された。


1937年オリジナル版で、岡譲二、原節子が主演されております。
他に星玲子,伊沢一郎
監督:渡辺邦男

映画【検事とその妹】
矢島健作(岡譲二)は裁判所の検事をしております。その妹の矢島明子(原節子)、
このふたりは幼い頃に両親を失いまして、お互いかばい合いながら東京に出て来ました。
そして妹はお兄さんに勉強させる為、苦労に苦労を重ねましたが必死に働いたそのお陰で、
矢島健作は裁判所の検事になったのです。
そして、その妹にも縁談のお話が持ち上がりました。
で、故郷の町役場に勤めている芝野秀雄、土木課の係長なのです。
これで妹もやっと幸せになったかと思うと兄の健作は嬉しかった。

折しも泥棒と傷害の疑いで、ひとりのバーのホステスが逮捕されました。
何故そのような事をやったのか、尋問しても言いません。

その裁判を担当しつつ検事でもある矢島健作はある日、妹に関係した事件に愕然とします。
故郷の町で殺人未遂事件が起こったのです。
その事件の被害者を調べてみたら、県の土木工事に汚職が見つかり、
それに妹の婚約者の芝野秀雄が大きく関わっているのです。
検事である兄の健作は涙を飲んで、妹の婚約者を拘置します。


その頃、窃盗傷害の疑いで逮捕したバーのホステスさんが、
「今まで隠しておりましたけれど、証人として弟を法廷へ呼んで下さい。」と言う。
そのホステスさんの弟が初めて証言いたします。
「私と姉は幼い頃から両親を失い苦労して頑張って来た。
姉は私の学費を稼ぐためバーのホステスさんになったのです。ところが私が交通事故を起こしまして、
その治療費の捻出に思い悩んでいる時に、
ひとりのお客さんがお金を出してやるから言う事を聞けと言って来たのです。・・・ナイフで脅かされたのです。それに抵抗して私の姉はその嫌な客を傷付けたのです。
」。

これを聞きまして検事である健作は心に思うのです。
自分達と同じような境遇で、二人仲良く力を合わせてがんばって来たのかと――。
姉弟愛からこの犯罪が生まれたのかと。
その事情は分かるとしても、法は法で同情のあまり法を曲げる事は出来ない、
検事は有罪の求刑をしました。・・・


やがて判決がでました。




今ではこの程度の傷害窃盗事件ではニュースにもならない時代になってしまいました。

また、この時代は今とは違ってまだ日本が貧しかった時代です。

教育の機会均等ができたのは戦後も24年からでした。
今のように物の有り余る「飽食の時代」ではありませんでした。

昔は義務教育は小学校までで、12歳で人生が決まってしまったのでした。
小説「二十四の瞳」に描かれてるように、昔はどんなに優秀でも、勉強したくても、貧しさから小学校卒業を待たず「奉公」にだされる・・、
そんなことは当たり前だったのです。


この主題歌「人生の並木路」(佐藤惣之助作詞、古賀政男作曲)(テイチク1200)を20代の若きディック・ミネが歌っているのですが、
このようなお話を、時代背景を知ったうえで聞くとまた違った味わいを受けると思います。




45 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/12/05(Sat) 11:05
検事とその妹

岡譲二と原節子

h ttp://www.wikiwand.com/ja/%E6%A4%9C%E4%BA%8B%E3%81%A8%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%A6%B9

46 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/12/06(Sun) 00:04
「人生の並木路」(佐藤惣之助作詩,古賀政男作曲、ディックミネ)


もはや昭和は遠くなりにけり。昭和が平成に変わった頃、『人生の苦悩』を歌った歌の特集があったが、内容は『神田川』などだった。“四畳半フォーク”が゛“人生の苦悩”じゃ、世も末だなと寂しくなりました。


『人生の並木路』は、昭和12年(1937)1月、日活映画.渡辺邦男監督「検事とその妹」(竹田敏彦原作 「検事の妹」)の主題歌です。

日本はいつの間にか豊かになりましたが、長く貧しい時代が続きました。昭和戦前、日本がまだ草深い貧しかった時代、幼くして両親を失った兄と妹が支え合って生きていく兄弟の絆を歌った名曲です。

まだ20代の若きディック・ミネが歌う原曲(テイチク1200)。この歌を聴くと詩の世界に引き込まれそしてなぜか自然に涙が溢れ出てしまう。

昭和の歴史が生んだ歴史に残る究極の名曲といえるでしょう。是非歌い継いでいってほしいです。

今は昔の人から言えばハッピーな時代ではないでしょうか。

昔は昭和戦前まで、貧しさゆえに子供を小学校卒業を待たず奉公にだす、そんな時代であったことでしょう。このころの歌には、優しさと温かさがあると思います。

日本が豊かになるにつれ、こうした優しさ、温かさが、だんだん失われてゆくのは大変残念なことです。
家族の絆や心の豊かさは、今の日本よりも至る所にあふれていたでしょう。

支え合って真面目に生きてゆく真摯な兄と妹の姿。

そこに嘘・偽りが無い、だから聴いていて思わず涙が溢れるのでしょう。
どんなに苦しくとも貧しくとも、まじめに生きていればきっといいことがある。

この歌は、日本人が忘れかけていたことを思い出させてくれます。



「人生の並木路」は、味わえば味わうほど、聴けば聴くほど深みのある、それぞれの人生に重ね合わさるすばらしい歌です。まだテレビも無かった昭和戦前から戦後にかけて、「日本映画黄金時代」で、どんな小さな街にも、小さな映画館があって、こうした映画に浸れた、貧しくとも心豊かな時代だったでしょう。

映画「検事とその妹」は、その昔、公の支援も無かった貧しい時代、・・幼くして自ら人生を切拓くべく世に出ていく、兄と妹の青春の葛藤の姿と言えるでしょう。その詩は「簡潔にして適切」、もう今ではけっしてできない誌です。

「佐藤惣之助」という稀有な詩人であり作詞家によって、そして自らも故郷喪失体験を持つ古賀政男という第一級の作曲家が、楽譜を大粒の涙で濡らしながら生れた究極の名曲と言えます。

心をこめて一所懸命に歌う、若きディック・ミネの『人生の並木路』、その3分には、そっと寄り添い包みこむ温かさと優しさが溢れている。

・詩人・佐藤惣之助と四季の卓子(たくし=テーブル)
h ttp://blogs.yahoo.co.jp/hanakoamemiya/37942741.html



47 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/12/06(Sun) 00:08
昔、日本が農村主体のまだ貧しかった時代、たいてい貧乏人の子だくさんでした。兄は弟や妹を一身に面倒見る、それが当たり前だったそうです。

「飽食の時代」といわれる今の世では、絶対に書けない。

詩人・佐藤惣之助は、「兄弟の絆」というものを短い言葉で簡潔に歌い上げています。現代にはありえないすばらしい歌詞だと思います。

「人生の並木路」はなんといっても昭和12年「オリジナル原盤」で聞かなければ味わえない。若きディックミネが歌うオリジナル版は、まさに悲壮感漂う名曲です。

なお、もうひとつ『聖処女(きよおとめ)の唄』(佐藤惣之助作詩、古賀政男作曲、藤山一郎歌)は同挿入歌です。


以前、NHK教育テレビの『大希林』という番組で、「樹木希林」さんが、なんか「作詞」の講義をしていて、何回試みてもどうしても長くなってしまって、何言ってるんだか良くわからないと。

そして『簡潔で、適切で、これを超えるものはない』として、樹木希林さんが出した「最高の詩」それが何と『人生の並木路』でした。

別に歌番組でも、まして「古賀メロディー」番組でもなかったのですが、・・泣くな妹よ 妹よ泣くな・・という詩とともにこの曲が流れた。

古賀政男自らも、7歳にして一家で貧しい故郷を捨てて朝鮮に渡り、17歳まで朝鮮で過ごした。

古賀政男は、『詩はお姉さん、曲は弟』と詩を大切にした人で、この佐藤惣之助の詩に触れ「大粒の涙で五線紙を濡らしながら」作曲したといわれます。



48 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/12/07(Mon) 22:11

人生の並木路

(佐藤惣之助 作詞、古賀政男 作曲 )

1.泣くな妹よ 妹よ泣くな
  泣けば幼い二人して
  故郷を捨てた甲斐がない
 
2.遠いさびしい日暮れの路で
  泣いて叱った兄さんの
  涙の声を忘れたか
 
3.雪も降れ触れ 夜路のはても
  やがて輝くあけぼのに
  わが世の春はきっと来る
 
4.生きて行こうよ 希望に燃えて
  愛の口笛高らかに
  この人生の並木路

CD『古賀政男生誕100年記念 SP原盤による古賀政男名曲集(上・ 
下)』    テイチクTECE 24459,25460

この歌はデイックミネが歌ったものだが、普通戦後30〜40年代ごろに歌っているのは
オリジナルのものとはだいぶ違っている。

若きディックミネの歌う 昭和12年オリジナル(テイチク1200)は悲壮感漂うものでいい!!。






49 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/12/17(Thu) 23:56
>>30-31
訂正
・松竹1931 「天国に結ぶ恋」
 主題歌 「天国に結ぶ恋」(柳水把(西條八十)作詞、林純平(松平信博)作曲)
      歌 徳山l(とくやまたまき)、四家文子

・松竹1932 「銀座の柳」
主題歌 銀座の柳(西條八十作詞、中山晋平作曲)歌:四家文子




50 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/12/28(Mon) 13:39
>>46-48
人生の並木路


雪も降れ降れ 夜路のはても
 やがてかがやく あけぼのに
 わが世の春は きっと来る

3番目の詞と4番目の

 生きて行こうよ 希望に燃えて
 愛の口笛 高らかに
 この人生の 並木路

〜この詞に救われる思いがします。
 だれもがそう励まされて人生のたどって来た道すがら、人という物は道の末にあると思う我が世の春を、今も夢見て歩くようです。
 厳しい世は世の中や出逢う人々が辛くあたり意地悪をするわけではないのですね。
 『世の総ての厳しさこそ、幸福の手がかり』
 と、く二人の背にやがては登る太陽の暖かさに励まされて我が人生の並木道を行く姿の中に「常楽我浄」があると聖者は説いた。すなわち・・・
 諸行無常 是生滅法 消滅滅己 寂滅為楽
 『常楽我浄偈』(じょうらくがじょうげ)として世の人々の火灯りとして智慧の灯りを点されていますね。
 この歌を聞くとき何時も、このように思うのですよ。
 これは、私の心の師「盲目の賢者」様から教え諭された事です。

51 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/12/30(Wed) 22:34
>>43-48>>50


【美輪明宏】昭和の流行歌「人生の並木路」
ThePleiadian2012

2015/01/12 に公開


美輪明宏さんが昭和の名曲『人生の並木路』について語っています。
(「プレシャスサンデー」美輪明宏薔薇色の日曜日20151.11より)
「人生の並木路」

You Tube です。上記の表題で(コピー)検索してください。


52 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2015/12/31(Thu) 18:47

【美輪明宏】作曲家・古賀政男について
Thepleiadian2012

2014/06/01 に公開


美輪明宏さんが昭和の国民的な作曲家・古賀政男さんについて語っています。
(TBSラジオ『岡村仁美 プレシャスサンデー』 薔薇色の日曜日2014,6.1より。)



53 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2016/01/01(Fri) 21:31

作曲家・古賀政男
dummy

2015/10/14 に公開

You Tube

54 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2016/01/02(Sat) 17:55
>>53 は

作曲家・古賀政男 You Tube

・・で検索(コピーして)してください。

55 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2016/01/16(Sat) 18:41

【美輪明宏】冬に聴きたい昭和の名曲「人生の並木路」古賀政男の曲は歌手が苦労していた
.

Himatsubushi Channel

2015/01/10 に公開 You Tube


美輪明宏さんが、冬にぴったりな昭和の名曲「人生の並木路」について話し、昭和期に活­躍された作曲家の古賀政男(こがまさお)さんや、作詞家の佐藤惣之助(さとうそうのす­け)さん、歌手のディック・ミネさんなどを紹介し、懐かしの昭和流行歌について語られ­ています。古賀政男さんの曲は歌い手が困っていたという裏話が面白かったです。

※曲は省略していますm(__)m

美輪明宏 薔薇色の日曜日 2015年1月11日放送分より


56 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2016/01/16(Sat) 23:14
聖処女(きよおとめ)の唄

作詞 佐藤惣之助
作曲 古賀政男
歌  藤山一郎

鉄の小窓の 夜嵐に
凍る涙の 黒髪かなし
愛と罪とに わが身を捨てて
聖(きよ)き処女(おとめ)よ 何を泣く

恥も外聞(がいぶ)も 知りながら
なぜにわずかな  黄金(こがね)のために
花の生命(いのち)を みずから散らす
弱い心に なったやら

愛の光よ くれないの
青春(はる)の夢さえ 只ちりぢりに
すててひとやの 闇夜にすだく
あわれ処女(おとめ)の つゆ涙




57 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2016/01/22(Fri) 18:30

古賀政男との思い出〜りんどう峠(島倉千代子)
.

2015/09/25 に公開 You Tube

(この表題で検索のこと)


1979年(昭和54年の映像)
娯楽股旅映画「りんどう鴉」の挿入歌。出演:高田浩吉、嵯峨三智子、高峰三枝子、清川­虹子等、お千代さんは、馬を曳く娘っ子の端役でした。


58 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2016/01/25(Mon) 21:40
>>43-45,>>5,>>33,>>39-41,>>43

今夜のNHKニュースによると、[原節子]の出演映画の一つ、昭和11年

渡辺邦男監督 日活映画「検事とその妹」のワンシーンが修復に成功し10秒間ほどが公開となった。



59 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2016/01/25(Mon) 21:56
>>58
NHK 2016年(平成28年)1月25日[月曜日]
文化・エンタメニュース一覧

「伝説の女優」原節子さん幻の映画一部復元

原節子 永遠に美しく

「伝説の女優」原節子さん幻の映画一部復元
1月25日 18時41分


「伝説の女優」と呼ばれ、去年9月に95歳で亡くなった原節子さんが16歳の時に出演した映画のフィルムが残されていたことが分かり、劣化したフィルムから一部の映像が復元されました。専門家は「原さんの初期の映画は失われたものが多く、復元できたことは意義がある」と話しています。

このフィルムは去年9月、95歳で亡くなった原節子さんが昭和12年、16歳の時に出演した映画「検事とその妹」です。
これまで神戸市の資料館に保管されていましたが、フィルムの劣化が激しく内容が分からない状態となっていました。このほどNHKなどが最新のデジタル技術を用いて修復したところ、およそ10秒間のシーンを復元することに成功しました。
映画「検事とその妹」は、検事になった兄と原さん演じる妹のきずなを描いた作品です。復元された映像は、裁判所の傍聴席とみられる場所を映した場面で、カメラが移動すると原さんが着物姿で前を見つめながら座る姿が映し出されます。
原さんは、このあと出演した別の映画をきっかけに大スターとなりましたが、それ以前のフィルムは多くが失われているということで、映画評論家の佐藤忠男さんは「ただきれいなだけでなく非常にそうめいな昭和初期の良家のお嬢さんという感じがよく出ていると思う。ワンカットだけでも復元できたことは意義がある」と話しています。

60 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2016/01/27(Wed) 16:20

昭和「日本映画黄金時代」と映画主題歌


h ttp://www.10ch.tv/bbs/test/read.cgi?bbs=history&key=443967449&ls=50

61 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2016/01/27(Wed) 19:41
1995年09月30日発売

CD ;SP復刻による日本映画主題歌集 (戦前編) 1 ?5
                 (戦後編)6?15

日本コロムビア COCA-12851 ?





62 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2016/01/27(Wed) 19:44
CD ; SP復刻による日本映画主題歌集 (戦前編) 1 - 5
                 
  ; SP復刻による日本映画主題歌集 (戦後編)6-15

日本コロムビア COCA-12851-


63 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2016/02/13(Sat) 09:38
☆昭和SP歌謡  歌謡史を支えた主な名歌手(戦前・戦中) 1,

http://www.10ch.tv/bbs/test/read.cgi?bbs=history&key=455286679&ls=50



64 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2016/02/15(Mon) 08:37
☆昭和「日本映画黄金時代」と映画主題歌

http://www.10ch.tv/bbs/test/read.cgi?bbs=history&key=443967449&ls=50

65 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2016/08/04(Thu) 16:23
【日本の音楽文化遺産】日本の名歌・名唱を語ろう!!

http://www.10ch.tv/bbs/test/read.cgi?bbs=history&key=466329511&ls=50


66 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2016/10/17(Mon) 12:56
>>58-59

クローズアップ現代【原節子 永遠に美しく】 2016年1月25日

視聴回数 26,062 回
2016/01/25 に公開

この表題で検索のこと。You Tube

名女優原節子出演 復活幻の日活映画「検事とその妹」1937


67 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2017/02/13(Mon) 00:16
古賀政男総合スレ 2Ch,懐メロ・邦楽

h ttp://ai.2ch.sc/test/read.cgi/natsumeloj/1320231349/l50

68 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2017/02/14(Tue) 22:21
【昭和最大著作権王】昭和歌謡史と作曲家古賀政男【古賀メロディー!!】

http://www.10ch.tv/bbs/test/read.cgi?bbs=history&key=487062431&ls=50

69 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2017/04/20(Thu) 00:00
日本の大衆歌曲・歌謡曲の歴史

http://www.10ch.tv/bbs/history/index2.html#2



70 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2017/07/02(Sun) 22:19

春よいづこ 
昭和15年(1940年) 東宝映画「春よいづこ」主題歌
西條八十詩・古賀政男作編曲  コロムビアーオーケストラ  コロムビアレコード30526 

なんかいつもほっとする曲です、
聞いてもいい曲です。



春よいずこ

作詞:西条八十
作曲:古賀政男
歌唱:二葉あき子/藤山一郎

(一)
おもいでは おもいでは
青い背広の 涙ににじむ 紅のあと
ああ 想い切ない 幻の
春はいずこぞ 雨が降る

(二)
あきらめて あきらめて
泣いて乙女が たどるは愛の 別れみち
ああ 小鳥啼け啼け わがこころ
春はいずこぞ 雨が降る

(三)
呼んだとて 呼んだとて
風はつめたい 涙をさそう 別れ風
ああ 夢は返らぬ 青草の
春はいずこぞ 雨が降る


久し振りに拝聴しています。つくづく思います。 あの厳しい時代によくぞ作曲されました、友人と隠れてギターを弾いて歌った 素晴らしいメロディーです。

71 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2017/07/03(Mon) 07:08
なつかしの歌声
藤山一郎・二葉あき子 

西條八十詩・古賀政男作編曲 コロムビアーオーケストラ  コロムビアレコード30526
昭和15年、『春よいづこ』の挿入歌「なつかしの歌声」。藤山一郎・二葉あき子。藤山一郎の甘美・流麗なテナーでモダン東京を歌いあげています。演奏は明治大学マンドリン倶楽部。

な つ か し の 歌 声

作詩 西条八十  作曲 古賀政男

1 銀座の街 今日も暮れて
  赤き灯燃ゆ 恋し東京 恋し東京 
  あの窓この小径 やさしの柳 
  あこがれは悲しき 乙女の涙 
  風よ運べよ いとしの君へ


2 歎きの道 ひとり行けば
  みどりの樹に 鳥はうたう 鳥はうたう 
  やさしく寄り添いし 姿はいずこ 
  おもいでの窓辺に 忘れな草が 
  風に泣いてる きのうも今日も


3 夕焼け空は 君と眺め
  うたいし歌 楽しいメロディー 楽しいメロディー
  うたえば涙ぐみ こころは咽(むせ)ぶ 
  落葉ちる朝(あした)に 雪ふる宵に 
  呼ぶはこの歌 返らぬ涙 

昭和15年(1940)2月21日公開の東宝映画『春よいづこ』(渡辺邦男監督)の挿入歌として作られ、同年4月にコロムビアからレコードが発売されました。
『春よいづこ』は川口松太郎の小説を映画化したもの。この小説は、昭和12年(1937)公開のフランス映画『美しき青春』(J.B.レヴィ、M.エプスタン共同監督)の翻案作品です。
 映画では主人公を藤山一郎、その恋人を宝塚少女歌劇団で娘役のトップスターから映画界に転じていた霧立のぼるが務めました。


72 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2017/07/11(Tue) 11:35
>>70-71

☆(西條八十作詞、古賀政男作曲)昭和15年〈1940〉
古賀政男の映画主題歌の傑作「なつかしの歌声」(藤山一郎/二葉あき子・歌唱)、「春よいづこ」(藤山一郎/二葉あき子・歌唱)です。ふたりとも東京音楽学校(現東京芸術大学)出身。

昭和15年東宝映画「春よいづこ」の挿入歌と主題歌で、藤山一郎も出演し歌唱は勿論、ピアノ、ヴァイオリン、トランペット、指揮と多彩な音楽家として実力を披露しました
『春よいづこ』は川口松太郎の小説を映画化したもの。
この小説は、昭和12年(1937)公開のフランス映画『美しき青春』(J.B.レヴィ、M.エプスタン共同監督)の翻案作品です。
 映画では主人公を藤山一郎、その恋人を宝塚少女歌劇団で娘役のトップスターから映画界に転じていた霧立のぼるが務めました。 
1938年(昭和13年)秋、外務省の音楽文化親善使節として渡米。渡米直前にコロムビアに復帰した。1939年(昭和14年)秋、アメリカNBC放送で古賀の作品が取り上げられた。帰国後、太平洋戦争前年、『誰か故郷を想わざる』『目ン無い千鳥』『新妻鏡』『なつかしの歌声』等がヒット曲となった。

コロムビアに移籍していた西條八十との歴史に残る黄金コンビが復活、古賀政男第三期黄金時代を象徴する名曲。
音のキャンバスいっぱい使ったような、「古賀メロディー」独特のあの吹き出るような青春の息吹に満ちた、前奏・間奏・後奏がそれぞれ独立した一曲にも値するような、朗々として爽やかな聞きがいのある第一級作品です。

西條八十・古賀政男、詩も曲も第一級、藤山一郎・二葉あき子、東京音楽学校(現東京芸術大)その歌は申し分のない。
現在ではありえない第一級作品。






73 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2017/07/12(Wed) 19:11
音のキャンバスいっぱいに広がる、溢れるような青春の息吹、「古賀メロディー」独特の前奏・間奏・後奏がそれぞれ独立した一曲にも値するような第一級作品です。


74 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2017/07/31(Mon) 06:59
>>70-73

「東京ラプソディ―」(1936、門田ゆたか作詞)、「なつかしの歌声・春よいづこ」(1940、西條八十作詞)、いずれも藤山一郎が歌った戦前の「東京」を昂かに謳いあげた「古賀メロディ―」の不朽の名曲であり、大ヒット曲である。
戦後の東京を歌った歌に同じ藤山一郎の「夢淡き東京」(古関裕而作曲、サトウハチロー作詞)がある。
「東京ラプソディ―」を意識したものと言われるが、戦後の「夢淡き東京」これを含めて、「東京ラプソディ―」(1936)、「なつかしの歌声」これを超える東京を歌った名曲は未だに存在しない。


75 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2017/08/02(Wed) 19:16
>>70-73,>>74

三分間の芸術
その音のキャンバスの極限を使う
溢れるような青春のメロディ
溢れる青春の息吹と感傷
古賀メロディ!


76 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2017/09/13(Wed) 12:55
昭和歌謡が好きな人集まれ!

77 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2017/09/19(Tue) 15:28
日本の大衆歌曲・歌謡曲の歴史

http://www.10ch.tv/bbs/test/read.cgi?bbs=history&key=354361110

78 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2017/09/20(Wed) 21:03
昭和歌謡が好きな人集まれ! 音楽BBS 10cH

79 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2017/09/30(Sat) 11:11
古賀政男さんがつくった軍歌・軍国歌謡 その五 「勝利の日まで」


「勝利の日まで」(サトウハチロー作詞 古賀政男作曲。霧島昇歌。一九四四年四月・コロムビア


h ttp://fujihara.cocolog-nifty.com/tanka/2008/04/post_6c1b.html



80 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2017/10/12(Thu) 22:10
昭和歌謡が好きな人集まれ

http://www.10ch.tv/bbs/music/index2.html#2


81 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2017/10/13(Fri) 18:26
>>80

訂正

昭和歌謡が好きな人集まれ

http://www.10ch.tv/bbs/test/read.cgi?bbs=music&key=494943486&ls=50

82 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2018/02/01(Thu) 06:19
>>79

勝利の日まで(サトウハチロー作詞、古賀政男作曲、昭和20年)

「勝利の日まで」これ古賀メロデーの隠れた名曲だと思います。
これは、勝利の日までというより、敗戦の坂を転がり落ちていく中で、その心情を歌ったもので、実は、昭和19年から始まった学童疎開の学童によって歌われたそうです。以下にある雑誌からの投稿を紹介します。
・・
昭和19年8月より、20年にかけ、国民学校3年以上の学童は、戦火を避けるため縁故があれば縁故で、無い者は集団疎開をおこないました。
映画『少年時代』は、この学童疎開を、体験した藤子不ニ夫原作によって映画化したものです。なお、これとは関係無いが、あの對馬丸の悲劇はこの時、昭和19年8月に起こったものです。
 
 「学童疎開」、それは家族がバラバラになり、空腹といじめ、のみ・しらみなどそれは厳しいものだったようです。当時学童疎開を励まし歌ったものに、NHKから流れた国民合唱・『父母の声』(草川信作曲)、
♪太郎は父のふるさとへ 花子は母のふるさとへ・・、同じく国民合唱『勝ち抜く僕等小国民』(橋本国彦作曲)♪勝ちぬく僕等小国民 天皇陛下の御ために・・などがあります。同じ頃、「お山の杉の子」が歌われました。
 
 こんななかで、疎開学童に歌われたもうひとつの歌に、古賀政男の隠れた名曲「勝利の日まで」(サトーハチロー作詞)があります。昭和19年末にNHKから。そして20年に入って同名の映画『勝利の日まで』(東宝 昭和20年1月25日公開)の主題歌として。
これは行進曲風で、前奏・間奏・後奏がそれぞれ独立した一曲に値するような、緊張感を持つ哀調を帯びた名曲。



「勝利の日まで」がまんした疎開学童 (狭山市 42才 印刷業)
昭和19年8月、太平洋戦争はサイパン・テニアン島の玉砕で、日本の敗色が濃くなってきた。
当時5年生の私も親元を離れ、信州の山寺に学童疎開をした。はるかに見降ろす千曲の清流。
りんごと桑畑に囲まれた山寺。都会育ちの少年にとって、見るもの全てが新しい世界だった。
遠足気分で遊びまわった私たちも.三日もたつと東京の両親のことを思い出した。
毎晩消灯後並べられた布団の中から、すすり泣きの声が聞こえた、泣くのは女の子、しかも一人っ子がおおかった。
 
 楽しみは母からの手紙と食事時間。初めの頃は残すほどの食事も、しだいに質・量ともに落ちていき野草入りの雑炊、すいとん、サツマイモ、主食になった。空腹と望郷・・寂しさを忘れるために、私たちはいつも歌を歌った.40分もかかる村の学校への道、散歩の途中で、遊んだ千曲川の河原で、知ってる限りの歌が出た。
『先生、ぼくたちいつ帰れるの』勇気を出して、先生に聞く生徒もいた。『そのうち、日本軍が逆転して、一気に米軍をやっつける。

そうしたら、また東京に帰るぞ』・・私たちは、先生の言葉を疑いも無く信じた。日本が勝つ日まで、勝利の日まで我慢しよう。そんな私たちの気持ちにぴったり合った歌、それが『勝利の日まで』だった。
 
『さあ、みんな、そろそろ帰ろうか、最期にあれを歌おう。』声をそろえて歌ってるうちに、なぜかこの歌だけは涙がでてきた。途中で歌えなくなる生徒もいた。戦局は次第に悪化、沖縄も陥落、新聞を読むことも許されない私たちは、まだ日本の勝利を信じていた。
 出て来いニミッツ、マッカーサー、出てくりゃ地獄へ逆落とし・・こんな歌を勇ましく歌ったのもこのころだった.出てくるまでもなく、日本のすぐ近くまで来ているのを知らずに。
そして終戦、虚脱状態で声も出ない先生、私たちは勝ったのか負けたのか分からないまま、とにかく戦争は終わった。私たちは一年ぶりに親元に帰れる。ただそのことだけを喜び合った。
・・一億人の証言(『別冊・一億人の昭和史 昭和流行歌史』毎日新聞社1979)より。・・

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