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歌番組、歌謡番組に物申す!

1 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2018/02/24(Sat) 00:11
ド下手な歌手の繰り返し出てくる最近の歌中心の歌謡番組はひどいですね!、
聞く人も、歌手も,テレビ局の制作者も勉強してないようです。
歌謡史の番組も、戦後中心でものたりない。

日本の歌謡の歴史は、80以上前の日本がまだ貧しかった昭和の初めに遡る、戦後ではない。
日本の文化遺産である日本の歌謡を、その歴史を守りつぎたいものです。
今の歌謡番組に言いたいこと書きましょう。


2 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2018/02/24(Sat) 00:22
[昭和]は明治・大正を合わせた60年より長い62年余りの長さです。

大正15年(昭和元年、1926)12月25日から昭和64年(1989)
1月7日まで、62年余り。

昭和歌謡と言っても最近のテレビでは昭和末期の昭和50年代を言うようです。

それでは昭和を代表するものではありません。


因みに、昭和に入って大衆歌謡としての歌謡曲ができた。
その最初が昭和3年『波浮の港』とされます。



3 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2018/02/24(Sat) 00:34
2017.11.10

『昭和は輝いていた・西条八十&古関裕而特集』
カテゴリ:カテゴリ未分類
ここ最近、各民放BS局で、昭和30年代〜50年代の歌謡曲や
大衆文化を取り上げすぎたからなんだろうか?

やることやり尽くしたんだか知らんが、とうとう昭和初期〜
戦中・戦後の歌謡曲が、また注目されるようになってきた。

一昨日のBS朝日『昭和偉人伝』は、いわゆる戦後三羽烏の
岡晴夫・近江俊郎・田端義夫の特集だったしネ。

歌手協会からの情報だと、今日の『昭和は輝いていた』も
岡・田端・近江の「戦後三羽烏特集」だと聞いていたが、
やはり「ほぼ同じ企画がダブるとマズイ」と判断したようで、
西條八十&古関裕而特集になっていた。

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個人的な意見だと、西條八十と誰かで3時間特集を組むなら、
佐伯孝夫とかサトウハチローとかのほうが、作詞家2人で
全体的に番組のまとまりが良くなると思うのだが…。

8月OAの「東海林&藤山」もそうだったが、バランス配分が
なんか妙になるし、結局「二兎追うものは一兎をも得ず」で、
どっちつかずで終わってしまうのよ、この番組ぁ。

西條八十なら西條八十だけで2時間、古関裕而なら古関裕而
だけで2時間にしたほうが、どれだけ見やすいか…。

だから、大した期待もしないで見ていたし、見終わっても
大した感想はなかった(苦笑)。ゲストで出演していた
吉川潮先生が、まあ元気そうで良かったかな…くらい。

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4 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2018/02/24(Sat) 00:38
最後にひとつ。こういう特集を組むときまで、美空ひばりの
歌をムリヤリねじ込むのは止めてもらいたい。

確かに、西條八十は詞を提供しているが、基本的に西條八十の
特集を組むのなら、美空ひばりは要らない。古関先生なんざ、
三越ホームソングくらいしか縁がないんだから。

「昭和歌謡特番」は「美空ひばり」を必ず入れなきゃいけない
みたいに思ってる若いスタッフもいるのかもしれないけど…。
「美空ひばり」って人は「美空ひばりオンリー」で特集すりゃ
いいのであって、こういうときには最も要らない人である。

『芸道一代』の件なんか、無駄に長いだけだもの。

あれを削れば『純情二重奏』だとか『三百六十五夜』だとか
『夢淡き東京』とか入れられたはずなのに…。

…とまあ、結局ネガティブ感想だけになってしもうた…。

この私が大絶賛する番組構成こそ、誰もが喜ぶ構成だと、
テレビ東京&BSジャパンに声高に言いたいが、影響力が
全くないのが大問題だな…(苦笑)。












5 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2018/02/24(Sat) 09:36
先日、軽く今井正監督の映画『青い山脈』を民衆蜂起の 映画として捉えた小文を書こうと思った。そのために原作である石坂洋次郎の小説『青い山脈』を確認したい部分が出てきたため、持っていた文庫を探そうと考 えた。膨大な蔵書の中から探し出す労苦を惜しんで総合書店へ買いに行ったが、文庫どころか全集の単行本もない。調べると版元の新潮社では石坂洋次郎の文庫は全て廃刊になっている。
30年前なら石坂洋次郎の代表作はどんな小さな書店にでも置いていたものだ。
戦後民主主義の歴史に おいて民主主義大衆文学として金字塔であった『青い山脈』が廃刊になっているという事実は筆者にとって大きな驚きであった。『青い山脈』は原節子と吉永小百合という戦前戦後の永遠の美貌と輝きを持った女優の人気にのみに後押しされて、DVDで初作の東宝版と日活版が映画が視聴できるのみ。主題歌『青い山脈』 は藤山一郎のCDアルバムや日本コロムビアの日本映画主題歌集などで聴けるのみである。(廃盤になってないものでは東宝の1979年のリメイク版主題歌 だった、石川さゆりと潮哲也歌唱のものが『石川さゆり・アーリーアルバム』で聴くことができる)
「青い山脈」は藤山一郎と奈良光枝が歌った、奈良光枝が亡くなっ、現在藤山一郎の歌のようになってる。藤山一郎はよくこの歌を手拍子をもって歌っている。
肝心の原作である石坂洋次郎の『青い山脈』はあれ程までに多くの人に読まれたのにも関わらず、現状では廃刊となり、古書で探してもなかなか入手が難しいのだ。


6 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2018/02/24(Sat) 09:45
最近なんでも区別がない、何でも同じ。名曲が存在しない。

戦後に至るまで「メロディ」のつく作曲家は古賀政男の「古賀メロディ」ただ一つ。

それはレコード最初期から半世紀にわたって世の主流だった「古賀メロディ」だから。
それは惧れ多い称号のようなもの。


戦後、昭和40年台「懐メロブーム」が起こって、たくさんの作曲家を区別のためなのか、

作曲家の後ろにナンデモ「メロディ」をつけて同じにしてしまったのだ。
服部良一などリズム系(J−POP)とされるものなどにも、なんでもかんでも。

服部メロディとか、古関・・吉田・・とか・・実際にそういうのが使われた形跡はない。

いまの「なんでも名曲」につながるおかしなこととして指摘しておきたい。


【古賀メロディ】とは、レコード歌謡創世記昭和6年頃から戦後に至るトップブランド「古賀メロディ」・・昭和の歌謡史が生んだ、そのトップブランドへの唯一の敬称で他にない。


昭和のはじめからの長い歌謡曲の歴史の中で実に多くの歌ができ、多くの作曲家もでた。
しかし今の政治の世界同様,平等ではありえず「一強多弱」。
トップネーム・トップブランドが「古賀メロディ」と呼ばれる古賀政男。
殆どの作曲家が戦後などある時期を中心として断片的。メジャ―なヒット曲と言われるものも
せいぜい10曲程度。

これに対し半世紀にわたる古賀政男の歴史は、昭和1桁から昭和53年に亡くなるまで常に、日本における大衆歌謡の歴史そのもの。
常にトップブランドであり続け、影を慕いて、丘を越えて、東京ラプソディなど、数えきれない文句なしのたくさんのヒット曲・名曲を世に送り出し、その曲は80年を超えた現在でも時代を超えた普遍性をもって歌われ演奏され続けている。

当時の主流,トップブランドであった中山晋平の【晋平節】は、【古賀メロディ】と変わり愛され、社会的、歴史的にも多くの影響を与え続けた。


7 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2018/03/20(Tue) 09:34
日本の名曲 【日本の優れた文化遺産!】


http://www.10ch.tv/bbs/test/read.cgi?bbs=history&key=521471093&ls=50

8 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2018/07/11(Wed) 00:27
ttps://ha10.net/talk/1527597030.html
ttps://ha10.net/nanmin/1530243745.html ttps://mobile.twitter.com/LUNA99692203
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不審者ベンジョマン聖騎士型レティシア
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ttps://ha10.net/nan...talk/1521528039.html
不審者伊藤茂
不審者ベンジョマン伊藤茂

上、      /⌒ヽ, ,/⌒丶、       ,エ
       `,ヾ   /    ,;;iiiiiiiiiii;、   \   _ノソ´
        iキ /    ,;;´  ;lllllllllllllii、    \ iF
        iキ'     ,;´  ,;;lllll●●lllllllllllii、    ナf
         !キ、._  ,=ゞiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii!! __fサヘ.
       /  `ヾ=;三ミミミミヾ仄彡彡ミミヾ=`´  'i、
       i'   ,._Ξミミミミミヾ巛彡////iii_    |
       |  ;if≡|ヾヾヾミミミミヾヾ、//巛iiリ≡キi  |
        |  if!  |l lヾヾシヾミミミ川|ii//三iリ `キi  |
      |  ,if ,f=|l l lヾリリリリリ川川|爪ミミiリ=t、キi  |
        |  ;iナ,サ |l l l リリ川川川川|爪ミミiiリ キi キi  |
        |   iナ ;サ |l l リリリリ川川川川l爪ミミilリ キi キi  |
       |  iサ ;サ, |リ リリ川川川川川l爪ミミiリ ,キi キi  |
       |  iサ ;サ, | リ彡彡川川川川|爪ミミiリ ,キi :キ、  |
        ,i厂 iサ, |彡彡彡彡ノ|川川|爪ミミリ ,キi `ヘ、
      ,√  ;サ, |彡彡彡彡ノ川川|ゞミミミリ ,キi   `ヾ
     ´    ;サ,  |彡彡彡彡川川リゞミミリ  ,キi
         ;サ,  |彡彡彡彡リリリミミミシ   ,キi
         ,;#,    |彡彡ノリリリリミミミシ    ,キi
        ;メ'´    !彡ノリリリリリゞミミシ     `ヘ、
       ;メ      ヾリリリリノ巛ゞシ       `ヘ、
      ;

9 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2018/09/11(Tue) 10:41
☆昭和歌謡が好きな人集まれ!

http://www.10ch.tv/bbs/test/read.cgi?bbs=music&key=494943486&ls=50


☆日本の大衆歌曲・歌謡曲の歴史
 http://www.10ch.tv/bbs/test/read.cgi?bbs=history&key=354361110


10 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2018/09/25(Tue) 21:24
歌番組、歌謡番組に物申す!
http://www.10ch.tv/bbs/test/read.cgi?bbs=music&key=519398705&ls=50

11 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2019/06/28(Fri) 11:04
いわゆる「演歌」と称する最近の歌謡傾向は「現代演歌調」と捉えるのが適当だと思います。「演歌」というまともな音楽形態があるわけではない。演歌調は昭和20年代までは存在しませんでした。これは作曲家も歌手も時代の経過に連れ入れ替わってしまったことが大きい。(現代演歌調の走りは、昭和30年代はじめの春日八郎の「お富さん」あたりからではないでしょうか。)
「つぶれ声」や、あ〜あ〜、う〜う〜・・だけの崩れた「ド演歌」は好きではありません。歌唱は本人は熱唱でも、それが聞くに堪えないものであっては時代を越えて共感をおこすことはできないでしょう。


12 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/01/18(Sat) 23:48
昭和SPレコード歌謡番組を待望する。

http://www.10ch.tv/bbs/test/read.cgi?bbs=radio&key=578828634&ls=50

13 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/01/21(Tue) 23:12
戦争中、国民の士気を高めたのは「露営の歌」「愛国行進曲」など勇ましい曲だと一般的には言われてるが、実際は貧しく戦争後期には空襲に脅える生活の中で、国民が励まされた曲は「勝利の日まで」(サトウハチロー作詞、古賀政男作曲)です。

14 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/02/14(Fri) 12:35
【昭和歌謡】『東京大衆歌謡楽団』で、「日本の文化遺産」昭和SP歌謡を聞こう!
http://www.10ch.tv/bbs/test/read.cgi?bbs=music&key=581636883&ls=50


15 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/02/16(Sun) 08:40
60年を超える昭和も末期ごろから平成、令和と時代がどんどんかわってしまった。
最近の歌の世界を一言で言い表せば、ド素人天下ではないだろうか。
歌もロックとかJ-POPとか、みなアチラ系のものばかり。
そのうえ、素人歌手たちの、グループサウンズ、シンガーソングライター、・・もう聞くに堪えない!.

上記歌謡楽団の活躍を期待します!。


16 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/02/16(Sun) 09:07
最近消えた言葉に「ヘタクソ」がある。
最近の歌は歌唱も曲もドヘタクソの限り!
その代わり「名曲」という言葉がはやっている。

思わず耳をふさぎたくなるドヘタクソな歌が、曲が何んでもかんでも・・「名曲」とは世も末・・・!!

なんとかならないのだろうか、早く淘汰され変わるべきである・・

・・へんな【名曲】はやめてもらいたい!!。・・

17 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/02/20(Thu) 18:17
霧島昇と松原操「愛染かつら」で一世風靡
霧島昇(本名・坂本栄吾)さんは、大正3年、福島県―現在のいわき市大久町に生まれた。ボクサーを志し上京。その夢は実現しなかったが、苦学しながら東洋音楽学校(現・東京音楽大学)に学んだ。昭和11年、コロムビアから「赤城しぐれ」でデビュー。
一方の松原操さんは明治44年、北海道小樽市で生まれた。東京音楽学校(現・東京芸術大学)在学中、コロムビアにスカウトされた。しかし、当時はそれが発覚すると退学処分になるので、顔と身分を秘し、ミス・コロムビア(覆面歌手)として昭和8年、「浮草の唄」でデビュー。同年、松竹映画「十九の春」の主題歌が大ヒット。美貌と美声を兼ね備えたコロムビアの看板娘として不動の人気を得た。


▲霧島昇・松原操夫妻(松原操引退の翌年)
昭和13年、お二人は松竹映画「愛染かつら」の主題歌「旅の夜風」でデュエットし、これが空前の大ヒットとなり、〈愛染コンビ〉とも呼ばれ、昭和14年12月17日、音楽界の大御所である作曲家・山田耕筰夫妻の媒酌により、帝国ホテルで結婚式を挙げた。巷(ちまた)では、人気歌手、霧島さんとミス・コロさんの結婚を円盤(レコード)上の恋と呼んで、大きな話題となった。
「愛染かつら」は日本映画史上空前の大ヒットとなり、前・後・続・完結篇と合計4本も作られ、その主題歌も各篇毎に前述の「旅の夜風」に始まり「愛染夜曲」「愛染草紙」…とお二人のデュエット曲は一世を風靡し、その他映画の中で歌われたミス・コロさんの「悲しき子守唄」、同じく「朝月夕月」(「続・愛染かつら」)、ミス・コロさんと二葉あき子さんの「荒野の夜風」(完結篇)と「愛染かつら」関係の歌は各々記録的なヒットとなった。
その他お二人のコンビによる「一杯のコーヒーから」の大ヒット。「新妻鏡」は霧島さんと二葉あき子さんで、これも大ヒットしたが、同映画の「目ン無い千鳥」は愛染コンビお二人のこれまた大ヒット曲となっている。
霧島さんはミス・コロさん以外の女性歌手とのデュエット曲も多く、晩年は冗談でそれを自慢していたという話も、てる子さんから伺ったが、たしかに「純情二重奏」(高峰三枝子)、「蘇州夜曲」(渡辺はま子)、「相呼ぶ歌」(菊池章子)、「リンゴの唄」(並木路子)…等々書ききれない程のヒット曲がある。代表曲のひとつ「誰か故郷を想わざる」は今もって多くの人に愛唱されている。
一方のミス・コロこと松原操さんもヒット曲を挙げだしたらきりがない。「気まぐれ涙」(昭8)、「秋の銀座」(同)、「並木の雨」(昭9)、「光の王座」(昭10)、「おもかげの歌」(昭14・伊藤久男)、「兵隊さんよありがとう」(昭14)、「愛馬花嫁」(昭15・菊池、渡辺)、「大空に祈る」(昭18・菊池、三原純子)…等々大げさでなくヒット曲の題名だけで紙数が尽きてしまう。
戦後も復興したレコード界で霧島さんは、前述の「リンゴの唄」(昭21)を皮切りに、「麗人の唄」(同)、「旅役者の唄」(同)、「胸の振り子」(昭22)…とヒットを飛ばし、戦後の苦しい生活にあえぐ人々の心を慰めた。

▲霧島昇(右)と松原操

昭和23年、お二人のデュエットで大ヒットした「三百六十五夜」のレコーディングを最後に、生来身体が丈夫でなかったことと、子育てのため松原さんは歌手生活にきっぱりと別れを告げた。そして、松原さんは家庭人として4人のお子さんを育てた。霧島さんの歌手生活は続き、「サムサンデー・モーニング」(昭25)、「赤い椿の港町」(昭26)、「石狩エレジー」(昭28)、「湖畔のギター」(昭29)他ヒット曲を続いて送り出したが、昭和56年の「夕月慕情」が最後のレコードとなった。同じ年、霧島昇歌手生活45周年を記念して発売された「妻よ」に松原さんは台詞を吹き込んだ。実に30数年振りのレコーディングだった。健康には人一倍気をつけていた霧島さんだったが、病魔には勝てず、昭和59年4月24日、胃癌により不帰の人となった。天籟院秀峰淨霧居士。享年69歳だった。昭和54年に紫授褒章。同59年に勲四等旭日小授章を受章している。


その頃、他の病院に入院していた松原さんは霧島さんの入院先に駆けつけ、「パパ置いていかないで。私も連れてって!」と白い割烹着姿で少女のように泣きじゃくって遺体に取りすがっていたと、てる子さんから伺っている。病身の身をおして葬儀を執り行った松原さんは、夫の七七日の法要を終えた一週間後の6月19日、夫の後を追うかのように天国へ旅立った。桂月院雅心淨操大姉。享年73歳。松原さんは娘のてる子さんに「お前は絶対に歌をやめてはいけない」と、そう言い続けていたという。
父母の心を歌い継ぐ
母の遺志を継ぎ、大滝てる子さんは、声楽家として数々の演奏活動に追われている。





18 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/02/20(Thu) 19:07
>>17
h ttp://matubaramisao.com/

19 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/02/20(Thu) 19:12
h ttps://www.bing.com/images/search?q=%E6%9D%BE%E5%8E%9F%E6%93%8D+%E5%86%99%E7%9C%9F&qpvt=%e6%9d%be%e5%8e%9f%e6%93%8d+%e5%86%99%e7%9c%9f&form=IGRE&first=1&cw=1117&ch=383


20 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/02/20(Thu) 19:24
h ttp://memory-jp.com/pc_memory/pc_container/memory_etc/data_243.html


21 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/02/20(Thu) 21:28
関種子
h ttps://ja.wikipedia.org/wiki/関種子


22 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/02/20(Thu) 21:33
二葉あき子
h ttps://ja.wikipedia.org/wiki/二葉あき子

23 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/02/20(Thu) 23:44
楠木?夫
h ttps://www.weblio.jp/wkpja/content/楠木繁夫_楠木繁夫の概要


24 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/02/20(Thu) 23:45
楠木繁夫
h ttps://www.weblio.jp/wkpja/content/楠木繁夫_楠木繁夫の概要


25 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/04/05(Sun) 16:46
基本的の詩と短歌は別物。歌謡詩は言葉の言外を含めて、先がある。

短歌というものは、それで完結してしまうもの。
だから、詩は歌(歌謡・歌曲)になるが、短歌では歌にならない。

「白鳥は かなしからずや空の青 海のあをにも染まずただよふ」は短歌は短歌で、

 詩と違って、言外の、一番肝心の・・<で、どうなるの・・・・という部分が・・見えない。

『人生』というのは、まさにその部分!。、

かなしからずや・・で終わってしまって先が見えない。
で、どうなるのという部分(人生)がない。

歌というのは、その先が大事。
名曲と!となるためには、その先が必要!。

古関裕而の作品に、「白鳥の歌」と
いうのがあるが、人生が見えなくて無理がある
ように思える。

26 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/04/05(Sun) 17:48
昭和前半の昔の歌(歌謡・歌曲)には、その3分間の中に「ドラマ」があって、歌詞と曲は一体のものでした。
当代随一と言われた詩人、作詞家、作曲家たちが心をこめて作った歌、そのさりげない短い言葉、そのメロデーの中に行間のドラマ、・喜びと哀しみを共有したのです。

27 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/04/06(Mon) 12:45
歌は詩が大切、曲は詩を超えられない!。
歌は詩で決まってしまうもの!。

28 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/04/06(Mon) 14:04
古賀政男はこのことを「詩はお姉さん、曲は弟」と言っていた。

29 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/04/08(Wed) 11:54
やはり、、悲しみは、悲しみで完結してしまっては歌にならない。

30 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/04/08(Wed) 12:33
和歌・短歌は、「詠む」といって、歌会始のように、「声を長く引く。また、声を長く引いてといって、和歌などを、曲なくそれだけで人が詠むもの。
いわゆる歌手が曲に合わせて「歌う」ためのものではない。
詞も「詩」と違うもので完結しているので、曲をつけて歌うためのものと違うもの。ちぐはぐになってしまう。


31 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/04/08(Wed) 12:54
詠み人が詠む短い短歌を歌にするというのは間違いで無理がある!。


32 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/04/11(Sat) 00:34
歌というものは、詩が、詩であることが大切!


33 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/05/09(Sat) 23:41
短歌と歌謡曲の違い、それは歌謡曲は人生において糧となるもの、
悲しいだけでは短歌で謡えばいい。

34 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/05/10(Sun) 10:04
大切なのは、その紛別!があるかどうか!。

35 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/05/10(Sun) 10:16
中途半端な形で歌(歌謡)にしてしまうのは間違い!。
してはいけないことのはず!。

36 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/05/10(Sun) 20:47
名曲とは・・

名曲とは、何といっても、詩が一番大切でしょう。

詩の内容が、誰でも、簡単にできない詩、短くも、簡潔なな中に、詩が重厚で凄みがあり、内容が薄っぺらで、ありきたりで一般的で、ただ受けの良いだけの、幸せだけの、美辞麗句を並べただけのものでなくて、青春の苦悩を秘めた、軽いものでないもの。
やはり、「叱られて」とか「影を慕いて」のような歴史の重みを、歴史を凝縮したような曲、「青い山脈」みたいなものでないもの、すばらしい!!。

37 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/05/11(Mon) 12:49
「白鳥の歌」というのはのに、そもそも、それ自身がば完結した「歌」(短歌)であり、短歌自体が完結した歌であるのに、それを別の「歌」(歌謡曲)にしてしまう意味が分からない歌。(「白鳥の歌」はれっきとした「歌謡曲」です。)
短いので、他の同じ短歌を二つ持ってきて、長さはかせいだものの、まだ寂しさで完結してしまっていて、肝心の知りたい、その先が見えない。
だったら、短歌のまま詠めば、もっといいのではと思ってしまう!。

38 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/05/24(Sun) 16:01
歌の世界も戦後、昭和23年あたりを境に大きく変わることとなってしまった。石坂洋二郎の「青い山脈」とは、昭和22年から新聞に連載された小説で、学園における若者の奔放な男女交際をめぐる騒動を描いた、これまでにない、たわいもないもの。これまでの、淑やかな恋愛や「価値観」が「民主主義」の名のもとに覆されてゆく。
「恋愛」というより、学園における奔放な「騒動」。
戦後の典型的な作品は「青い山脈」(1947年、石坂洋次郎)で、「自由恋愛」のもとに、明治生まれの年寄りを、若い世代が「民主的でない」と非難する場面が頻繁に出てくる。

ドラマや映画でも「お父さんは封建的」「家族会議を開くべきよ」といったせりふがよく聞かれたが、作家の関川夏央さんに言わせれば石坂作品は良くも悪くも、「戦後民主主義」を流布させる思想小説となる。そんな作品で強調されたのが「自由恋愛」だった。
『愛染かつら』三部作など、これまで数知れない沢山の名作の歌を書いてきた西条八十も困ってしまったことでしょう。
情景にすり替えられて、昭和23年の」「三百六十五夜」のように、中身,情感の部分に、あまり触れていない。

中身の情感の部分が貴いのであって、小説を知れば「若く明るい」だけでは軽い。真の大人の歌になるためには苦悩とか心の襞もないとと、西条八十もおもったはず。


[青い山脈」・・、「若く明るい」だけでは軽い!。


戦後とともにもてはやされた「戦後民主主義」というものの実態は自由奔放だった、
民主主義は普遍的なものだが、一時的なはやりにすぎず、混乱のみをもたらした「戦後民主主義」は、それは
普遍的とは言えず、その急先鋒だった「青い山脈」などの石坂洋二郎の作品は、現在では見向きもされず、
本も絶版のままになっている。

西条八十も書きようがなく困ったはずではずで、ほとんど情景(景色)、それも関係のないもの。
請け合いは悪くはないが中身のない、西条八十作品にしては、それはとても名曲とはいえないもの。



39 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/05/25(Mon) 21:12
短歌は「短歌」として「謳う」もので、これを歌謡化してしまうというのに、どういう意味があるか知らないが、中途半端で、
どっちつかず、意図不明!。

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