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UC.ガンダム全般(総合質雑)

1 名前:アムロ・レイ ◆S1o.kilU 投稿日:2006/02/20(Mon) 10:34
僕がここのスレ主、アムロ・レイだ。ここでは宇宙世紀でのキャラクターのみの入室しか受け付けていない。SEEDキャラやアナザーは立ち入り禁止だ。よし、ルールを説明しておこう。
・キャラは名無しとUCガンダムキャラのみ
・キャラハンはトリップ必須
・荒しは無視、キャラ被りは禁止

...と、まぁこんな所か。さて僕はνガンダムの整備があるから、楽しくやってくれ。

759 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:04


(19/51)

【同日 10:50】


「第2軍集団がヴィンニツァを突破!
バルタとペルウォマイスクの敵陣に対し、攻撃を敢行しつつあり!」

「さらに一部の部隊はキシニョフを攻撃中!」

「やった!
オーバーベイが間に合ったぞ!」


『バターン』の司令部は歓声に包まれる。

例外だったのは蝋人形のように蒼白な顔をしたエルランと、不機嫌そうに憮然とした
ままのレビルだった。


連邦軍第2軍集団は戦闘に間に合った。
彼らはモスクワを出撃し、プリピャチの湿地帯を抜け、オデッサの北部戦線に雪崩れ
込んだ。


マ・クベは兵力の殆どを西部戦線に集中していた為、ここを守備するジオン軍は数万に
過ぎず、120万を算する連邦軍は、紙でも突き破るような容易さで北部戦線を突破して
しまったのだ。


中でも航空機と軽戦車や装甲車を中心に編成された快速師団は、わずか数時間で
ヴィンニツァからキシニョフまでの200キロを踏破してしまった。

そしてキシニョフを奪われると言う事は、西部戦線に展開したジオン軍部隊にとって、
退路を絶たれることを意味した。

特にレビルの本営を攻撃に出たハルダーの三個軍は、連邦軍の重囲に陥るだろう。



レビルは一通り参謀から報告を受けると、彼らにいくつか簡潔な指示を出した。

そして、自分のシートにうずくまったままのエルランに聞かせるつもりがあるのかない
のか、視線を前に向けたまま話し始める。


「エルラン君。
君の分析によれば、オーバーベイ中将の第2軍集団は作戦に間に合わぬはずだった。
そうだな?」


エルランは何も答えない。


「本来、第2軍集団はプリピャチの泥濘に足を取られて苦しむはずだった。
ところが、コロニー落としによる異常気象のせいで、例年よりはるかに早くプリピャチの
湿地帯は凍結してしまった。
第2軍集団は、遮る物の無い平原を往くがごとく、易々と彼の地を突破したというわけだ。
マ・クベにとって、これは大変な誤算だったろう。
そして・・・」


レビルはエルランの生気のない顔に鋭い視線を向けた。


「君にとってもな」


ここではじめてエルランは顔を上げた。

もし、『驚愕』というタイトルの絵画が存在しているのなら、こういう顔を描いた絵であろうと
思われた。




760 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:05


(20/51)

一呼吸おいて、レビルは続ける。


「しかし、とんだお笑い種だとは思わんかね?
よりによってアースノイドが、地球の気候変動を読みきれなかったなどと。
そのようなアース・ノイドを信用したマ・クベという男も不幸としか言い様がないな」


「そ、それは誤解だ!
私はなにも・・・」


立ち上がって叫んだエルランに、銃を手にした一群の衛兵が駆け寄り、取り囲む。


「ジャブロー戦の頃からおかしいとは思っていた。
機密の漏えいが甚だしい」


レビルは席から立ち上がる。


「一応、疑ってはみていた。
軍の高官が敵と内通してはいないか、と。
何故なら、ジオンの読みはあまりにも的確であり、異常でさえあったからだ。
情報の出所は、彼らにとってよほど信頼の置ける人物からのものだったという事が
想像できた」


そのままエルランに歩み寄る。


「そして彼らは、第2軍集団が戦場に間に合わぬという誤った情報をも信じてしまった。
ここまで来れば、私にも犯人が誰だか想像はつく。
もともとマークしていた人物の中から、第2軍集団が間に合わぬと主張していた人物を
思い出せば良いだけのことだ」


そして歩を止め、うろたえるエルランを真直ぐ見据えた。


「まさか、な。
君だったとは、エルラン君」


レビルの声はどこまでも静かだった。

衛兵に取り囲まれたエルランは、死刑宣告を受けた被告さながらに肩を落とした。
彼は衛兵に促され、無言で退廷した。



司令室から退室したエルランを見送ったレビルは不機嫌だった。
それはエルランが裏切ったからではなく、別の理由によるものだ。


今回、エルランが「第2軍集団は間に合わぬ」と思い込んだのは、ひとえに彼が
前線の事情に無知であるためだった。

あるいは、前線から的確な情報が届けられても、それが自分の固定観念と相反
するものであれば見向きもしないという、およそ参謀にあるまじき視野の狭さと、
硬直しきった精神によるものだった。


そういう参謀が彼だけならばまだ良い。

しかしレビルの見るところ、彼のような参謀は決して少なくなかった。
それこそ大きな問題と言うべきであり、彼にとって頭痛の種なのだ。


現場を知らず、知ろうともせず、机上の空論を弄ぶしか能のない連中のおかげで、
この戦争は思わぬ苦戦を強いられている。

一週間戦争がそうだった。
そしてあのルウムも。

あの戦いで一体どれだけの人間が命を落としたか!


この連中は、未だにそれが分かっていないらしい。
そして、エルランがそういう連邦軍の無能を体現した人物だったが為に、自分は救われ
たのだ。


歴史上、味方の無能に苦しめらた人物は多くいるだろう。
しかし、味方の無能に救われた人物が、果たしてどれだけいるのか?


これほど滑稽な事は、そうは無いに違いあるまい。
レビルは、深刻な怒りが自らの体内を満たすのを自覚せずにはいられない。


今回が最後のチャンスのつもりで彼ら参謀達の奮起を期待したのだが、やはり無駄
だったようだ。
この戦いが終わったら、参謀チームの総入れ替えを断行せねばならんだろう。


彼がそう思う間にも、トポログの戦いは、終幕を迎えようとしていた。




761 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:06


(21/51)

【同日 11:20
オデッサ鉱山基地 地下司令室】


「なんだと!
それはどういうことだ!」


マ・クベは椅子から立ち上がり、拳を机に叩きつける。
彼は罪の無い机を殴りつけた手を、まるで親の仇でもあるかのように睨み続けた。


何故このような事になったのか?
これから味方にどのような指示を出せば良いのか?


彼の頭脳は高速で回転するが、それも空回りしてしまい、容易に答えは出ない。

冷静な彼らしくもなく、焦るあまりに複数の課題を順番に処理しようとせず、それらを
同時に考えようとして、かえって思考が支離滅裂になったせいだった。


震える手でハンカチを掴み、額の汗を拭うとようやく落ち着いたのか、彼なりの回答を
見つけ出した。

そしてその回答は、彼を焦慮の谷底から、一挙に激昂の頂へと噴出させるのに十分
なものだった。


「レビルめ、謀ったな!」


マ・クベの想像はこうだ。

レビルはエルランがジオンのスパイであることを早くから見抜いていた。
そしてエルランに、第2軍集団は戦いに間に合わぬという偽情報を吹き込み、
ジオン軍を誤断の底なし沼に突き落としたのに違いない。


しかし、それはレビルに対する過大評価というものだ。
真実はそのようなものではなく、単にエルランの見通しが甘かっただけのことだ。


レビルは積極的にマ・クベを騙そうとしたわけではなかったから、本来、彼から非難
されるべき謂れはない。

が、過去、戦争というものの多くが、互いの騙し合いの側面を持ち、また、一方の
誤解が、他方の誤解を拡大再生産させる性質のものである事を思えば、それは
ごくありふれた光景であるに過ぎない。


ともあれ、彼は当面の選択を迫られてる。

それも早急にだ。
こうしている間にも、守備隊が皆無に等しい北部戦線は大崩壊を起こしているだろう。

特に問題なのは、レビルの本営に突入した空挺第1旅団と、ハルダーの軍集団だ。

彼らは補給線を断たれた。
このままではいずれ手持ちの武器を使い果たし、全滅するに違いない。


「司令」


ウラガンが決断を促す。


マ・クベにもウラガンの言わんとするところは分かっている。

だが、ここで退却すれば、ジオン軍は再攻勢の機会を永遠に失い、あとは防戦
一方となるだろう。

そしてこの兵力差では、その防戦もいつまで続けられるか分からない。
つまりは、この戦いの敗北が確定してしまうのだ。


「ハルダーに攻撃を続行させて、我が軍が勝利できる可能性は?
例え残りの弾薬が少なくとも、このまま前進すれば、レビルを討ち取ることは可能
なのではないか?」


「可能性がゼロだとは申しませんが、それより早く、このオデッサが陥落するのは
確実です。
それでは・・・」


マ・クベは瞑目し、副官の語を継ぐ。


「・・・それでは、よしんばレビルだけは討てたとしても、オデッサを失ったあげく、
敵中に取り残された100万の味方は帰る家を失い、残らず全滅するに違いない、
か。
確かにその通りだな」


ならば、彼らに退却を命令した方が良い。

最終的に、単なる後退を意味する退却から、オデッサの放棄を意味する撤退へと
命令を変更せざるを得なくなるに違いないとしても。


それでも、敵の進撃を拒止する間に、味方の何割かは、他の地域や宇宙へ
脱出できるだろう。


マ・クベは大きく息を吐いた。

彼の体内に充満していた後悔の念や、エルランへの恨み節、策を弄した――
と彼は信じた――レビルへの憤りをも吐き出すかのように。


そして、もう一度背筋を伸ばす。


「これより後退戦を戦う。
ハルダーに退却命令を出せ。
西部戦線の諸部隊はこれを掩護せよ。
また、基地に残置してある兵は、一人残らず北部戦線へ移動させよ。
少しでも多く時間を稼ぐのだ」


マ・クべは明瞭な声で命じた。
彼の表情からは苦悩が消えていた。




762 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:08


(22/51)

【同日 11:50
トポログ付近】


地を圧しつつ61式戦車の大部隊が進む。
彼らは150ミリ連装砲をつるべ撃ちにし、ジオン軍に砲弾の雨を降らせた。


だが、ジオン軍の反撃も激しい。

ザクが、グフが、戦車砲弾で傷つきながらもマシンガンやバズーカで応戦する。
61式戦車はたちまちのうちに撃破されてゆく。


空から連邦軍の重爆撃機、デプ・ロックの編隊が急降下する。

投下された爆弾が、ジオンのモビルスーツ隊の周囲に次々と着弾し、その直撃を
受けたザクが吹き飛ぶ。


投弾を終えたデプ・ロックは上昇に転じようとしてスピードを落としたが、その瞬間を
狙っていたドップ隊に襲われ、多くが撃墜された。


しかし、ドップ隊に戦果を誇る暇は無い。

ジムが、低空に降りた彼らにビームスプレーガンを射掛けてきたからだ。
ドップは散開するが、それでも二機がビームに捉えられて四散する。


そのジムの脇を猛然とすり抜け、ドムが背後に回りこんだ。

ドムのモノアイが獲物を見据えて光る。
バズーカの直撃を背中に受けたジムは、腰をへし折られるようにして爆発した。


「きりが無いですな、連邦のウジムシ野郎は。
いくらでも湧いて出てくる」


ダン・ヒックス少尉が毒づいた。


「こいつら、数が多いのだけが取り柄だからな。
で、どうするんです、隊長。
本当に退くんですか」


デプ・ロックを狙撃しながらニコライ・カラマーゾフ少尉が尋ねる。


隊長機らしきドムが、十字型モノアイ・スリットの端にカメラを寄せて、僚機に答える。

凛としたその声は高い。
声の主は、エミリア・ライヒ大尉だ。


「この混戦の中、退却しろと言われてもな。
マ・クベの奴、随分と簡単に言ってくれるものだ」


彼女はジオン軍女性パイロットの撃墜ランキングで、海兵隊のシーマ・ガラハウ中佐に
次ぐほどの技倆の持ち主だった。

だが、それほどの腕を持ちながらも、自身のスコアよりも部隊の勝利を優先する有能な
指揮官としても知られた人物だ。

今も激戦の渦中にありながら、冷静に状況というものを把握していた。


「だが、キシニョフが陥ちたとなれば、そうも言ってはいられない。
やがて連邦のやつらは、オデッサへと雪崩れ込むだろう。
北部戦線には、それを防ぐべきまともな戦力が無いのだからな。
私達は退路を断たれ、北と南から挟み撃ちに合うというわけだ」


「ぞっとしない未来図ですな、そいつは」


「しかし、退くも地獄のような気がしますがね」


「その通り、退くも地獄だろうな。
けど、さしあたって私達は今を生き延びなければならない。
だから、今は退くことさ。
本隊に置き去りにされてはかなわないだろう?」


エミリアのドム小隊はバズーカを撃ち放ちつつ後退した。
それに生き残りのザクやグフが続く。



無論、退却を始めたのは彼らだけではない。
ハルダー軍集団全体が後退を始めた。


戦闘開始以来、彼らの奮戦は目覚ましいものがあったが、連邦軍の抵抗も激しく、
各所から反転してきた部隊が、尽きる事なく彼らの前面に現れ続けた。


さすがのオデッサの最精鋭も疲労の色が濃くなり、進撃速度は目に見えて鈍った。
少なくとも、短時間での決着を望むのは難しい状況になりつつあった。

連邦軍を突き崩すには、より強力な一撃が必要であったし、それには一旦伸び切った
戦線を整頓して、戦力を整備、集中する必要があった。


だが、キシニョフを失った今となっては、それは望むべくもない。
各部隊が本来の強力な打撃力を取り戻すには、物資の補給が不可欠だからだ。


彼らは困難を承知で、敵前からの、しかも白昼の退却を完遂しなければならない。

だが、連邦軍がこの機会を逃すはずは無い。
この退却戦は、彼らが開戦以来経験した事の無い凄惨なものとなった。




763 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:09


(23/51)

【同日 14:10
トゥルチェア上空】


ガウの巨大な翼に取付けられた四発のジェットエンジンに、ミサイルが命中した。
片翼を根元からもぎ取られて、ガウはゆっくりと回転しながら墜落してゆく。


「貴様、よくも!」


マッケンゼンはグフの手に内蔵されたバルカン砲を斉射する。
ガウにミサイルを叩き込んだ『コア・ブースターU』はエンジン部から火を噴いて爆発した。

しかし、もう一機のコア・ブースターはその大速力にものを言わせ、マッケンゼンの射程
からの離脱に成功する。


「おのれ、逃げるか!
だが・・・」


追いかけて撃墜してやりたいのは山々だが、そうはいかない。

今の彼の任務は、敵機を撃墜することではなく、ガウを守ることだった。
守るべきガウを放って、自分だけが突出することは出来ない。


しかし。
目を転じれば、その他のガウも皆傷ついている。
無傷の機体などありはしない。


特に、彼が真横に付けたガウなどは、原型こそ保っているものの、各所から炎と煙を
吐き出しつつ高度を下げていた。
このままでは墜落しかねない。


「機首をあげろ!
荷は捨てて構わん!
まずは機体を軽くするんだ!」


ガウの格納庫から、おびただしい量の物資を満載したコンテナが虚しく投棄される。
そのコンテナの中身は、地上のハルダー軍集団に届けられるべき武器、弾薬、糧食
類だ。

だが、ここで投棄しなければ、その物資はガウごと地上に落ちて灰になってしまうだろう。

だから、まったく惜しいとは思わない。
それより、開戦以来の熟練搭乗員を無駄に失うほうが、遥かに巨大な損失だ。


満載していたコンテナを捨てて機体が軽くなったのか、ガウは高度を取り戻した。

ダメージコントロール班も奮闘しているらしい。
先ほどよりは火も小さくなっている。
なんとか持ちそうだ。


マッケンゼンは小さく安堵の溜息をついた。


だが、そのとき。

ふと、彼は何かに気づく。
理由は無い。

強いて言えば、パイロットには無くてはならない勘のようなものが働いたのかもしれない。

別に、ニュータイプ論を持ち出すまでもない。
例えば、かつての大航海時代の船乗り達が、的確に風や波を読んだのと同じだ。

熟練の戦士には、そういう戦場の匂いを感じる力があるものだ。


はたして目をこらすと、ガウの後方に位置する太陽の中に、黒点のようなものが見えた。


「ミラー!
6時方向から敵の新手だ!
迎撃しろ!」


彼の命令に応えて、ドップの編隊が連邦軍の新手に突っ込んでいく。


しかし、まだ油断は出来ない。
これからも、連邦軍は全力を挙げて彼らの行く手を阻むだろう。


マッケンゼンに気の休まる時は無い。




764 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:10


(24/51)

マ・クベから退却命令を受けて、最も多忙になったのはマッケンゼンの空挺第1旅団
だったに違いない。


この時点での彼らの最大の役目は、制空権を確保することだった。

オーバーベイの第2軍集団の参戦で、連邦軍の航空兵力が倍化したとはいえ、それ
だけは死守しなければならない。


そして、その制空権を利用して、彼らがやらなければならない事が二つある。

一つは退却するハルダー軍集団を、空から援護することだ。
彼らの四方と、空から迫る連邦軍を撃退しなければならない。


もう一つが補給の問題だ。

西部戦線のジオン軍は退路を断たれつつあった。
連絡線を断たれれば、前線の部隊に物資が届かなくなる。


ところが、制空権を確保しておけば、空路での輸送が可能なのだ。

VTOL(垂直離着陸)機能を持つドダイであれば、地上軍に直接物資を渡す事が出来るし、
あるいは、物資を詰めたコンテナに落下傘を取付け、ガウに投下させるという手もある。


ただし、それは容易なことではない。

まず、空路で輸送できる物資の量は、地上軍が消費する量に比べて遙かに少ない。
つまり、輸送機は、前線とオデッサとの間を何度も往復しなければならない。


そして、それは危険極まりない行為だ。

何故なら、ジオンの輸送隊は、効率と時間を優先する関係上、最短ルートで基地と
前線との間を行き来しなければならない。

ということは、敵は容易にそのルートの見当をつけることができるだろう。


連邦軍は、このルート沿いに戦闘機隊を集中配置し、地上に高射砲群を設置すれば、
極めて効率的にジオンの輸送隊を迎撃できるのだ。

まして、ドダイもガウも、元からの大きさに加え、満載した荷物の為に動きが鈍くなる
だろう。

連邦軍の迎撃を受ければ、厄介な事この上ない。


この空路での輸送活動は、輸送隊に大きな損害を出す危険が極めて大きいのだ。
だからこそ、それを少しでも軽減するため、マッケンゼンらは奮闘しなければならない。


要するにマッケンゼンは、制空権の確保、味方地上軍の援護、そして輸送機の護衛。
それらを全てやらなければならなかった。


だが、敵にオーバーベイの戦力が上乗せされた今、それをやるには彼の航空団は勿論、
オデッサ全ての航空兵力を動員してもまだ足りない。

戦闘機の絶対数が不足しているのだ。


このような任務に従事させていては、いずれガウも、ドダイも、ドップも、いや、彼の空挺
旅団そのものが消滅してしまうだろう。

しかし、それでも軍人として、最善を尽くさなければならない。
いや、彼は人として、地上の数十万もの友軍を見殺しには出来なかったのだ。




765 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:12


(25/51)

【同日 16:20
ババダー付近】


退却するハルダー軍集団に所属する三個軍のうち、殿軍を務めたのは第2軍だった。


この第2軍は、第7、第9、第11、第24の四個師団より成っている。

その中でも最後尾に位置したのは、ジオン軍最強といわれる第9師団である。
さらに第11師団と第24師団が第9師団の両翼を固め、軍集団本隊との連絡線を維持する
役目を第7師団が担った。


その退却行動は整然と行われた。
彼らは数次に渡る連邦軍の波状攻撃を撃退し続けた。


しかし、この時すでに、各部隊の戦闘物資は不足し始めていたのだ。

あと、どれだけ戦闘を続けられるのか。
彼らは弾薬庫の目減り具合を気にしながら戦わなければならなかった。



退却軍の最後尾を三機のドムが走っている。
彼らはつい先程、追撃隊のジムを五機ほど撃破したばかりだった。


「まずいな、もう弾がない。
ヒックス、お前はあと何発残っている?」


エミリアは僚機に問いかけた。


「最後の予備弾槽に三発。
それで終わりです」


その彼女の問いに、疲れきった様子のヒックスが答える。


無理もない。
もう7時間以上もぶっ続けで戦闘をしている。

しかも、彼らは常に激戦の中にいたのだ。
並のパイロットならばとっくに音を上げるか、倒れるかしていただろう。

だが、信じ難いことに、まだ元気な人間がいた。
その人物は、ヒックスの辛気臭さを吹き飛ばすような大声を上げる。


「隊長!
見えた、宝箱だ!
ははは、よかったですなあ」


赤ら顔のカラマーゾフが豪快に笑い声を立てた。
どうやらアルコールが入っているようだ。

が、エミリアは咎めない。
いつものことだからだ。

彼女自身は酒を嗜まないが、戦争なぞというものは、飲まなければやっていられない
という部分もある事は知っている。


それでも一応、モニターに映ったコンテナを視認し、彼が酔って戯言を言ったのではない
ことを確認した。


それは、マッケンゼンの航空団が犠牲を省みず、後に残った彼らのために投下してくれた
コンテナの一つだった。


「けど、問題は中身だな。
さっき見つけたコンテナには、歩兵用の機関銃やグレネードしか入ってなかったんだから。
またあんな外れだったら堪らん」


ヒックスは、疲労度に比例して悲観的になる男であるらしい。
だが、いま一人の男は真逆であるようだ。


「酒があったじゃないか。
俺は十分有難かったぞ」


「ああそうだな、お前にとってはそうだろうさ」


ヒックスがドムの手を器用に操作し、コンテナを空ける。
中から出てきたのは、モビルスーツ用の携帯火器だったが、それは彼の精神を悲観の
水底から浮上させるものではなかった。


「なんだ、ザク用の120ミリマシンガンじゃないか。
しかもえらく古い型だ。
ほんとうに使えるんだろうな、これ」


「ちっ、今回は酒の補充はなしかよ」


エミリアは、不毛な方向に流れかけた部下達の会話を戻す。

「無いよりはましだ、我慢するしかなかろう。
とにかく今は時間がない。
急いでマシンガンの装備を済ませろ」


彼らはザクマシンガンを、ドムの射撃管制システムに認識させ、動作をリンクさせた。

これでドムでも、問題なくこの兵器を使えるはずだ。
むしろ、全体のザクの多さを思えば、こうしておく方が後々やり易いのかもしれない。


エミリアは注意深く周囲の状況を確認する。

後方に敵影は見えない。
また音響や赤外線など、他のセンサー類も敵が近くにいないことを示している。

今のところ、退却は順調に行っているようだ。
この調子で行けば、何とか無事にドナウ川を渡り、西部戦線の友軍と合流できるの
ではないかと思われた。


「さあ出発するぞ!
ぐずぐずするな!」


しかし、その時すでに、彼ら殿軍を務める第2軍の身近に重大な危機が迫っていた。




766 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:13


(26/51)


その危機とは、エルランがレビルの本営を手薄にする為に、ガラツィへ移動させよう
としたチモシェンコ中将の予備軍だった。


彼らがついに反転し、戻ってきたのだ。
50万を超える連邦の大軍は、西方から第2軍に襲い掛かった。


チモシェンコ軍の攻勢を受けたのは、殿軍の西の守りを務める第11師団だった。

彼らはレビル直属部隊の一部と全力で交戦している最中に、側面から急襲を受けた。


チモシェンコは自走砲、ロケット砲、ミサイル車などによる砲列を敷くと、猛烈な砲撃を
ジオン軍の無防備な側面に浴びせた。


砲撃を受けて空いた隊列の穴に、ジムの大群が斬り込む。

この砲撃とモビルスーツの突入は効果的で、第11師団は瞬く間に壊滅寸前に陥った。

例えば、その西端に位置した第53連隊は、たった60分の間に2200名から600名に
まで撃ち減らされたほどだ。


この危機に、第7師団が急行する。

第7師団のモビルスーツ隊の鋭鋒は、チモシェンコ軍を突き崩し、救出作戦は成功しつつ
あるように見えた。


しかし、連邦軍の兵力は、あまりにも膨大だった。

彼らは南北に戦線を伸ばし、自らに突入してきた第7師団と第11師団をまとめて包み込む
ように、北、西、南の三方から包囲してしまったのだ。


それに合わせ、連邦の他の部隊も総攻撃に出た。


すでに武器弾薬などの戦闘物資が尽きかけていたこともあり、第7師団と第11師団は
短い抵抗の後、崩壊した。

彼らは、ハルダーの本隊のいる北へと敗走した。



彼らの敗走で、より悲惨な状況に置かれたのは第9師団だった。
彼らは味方から取り残され、敵中に孤立してしまったのだ。

第9師団の兵士達のほとんどは、第7師団と第11師団の敗走を聞かされていなかった。

だが、彼らを包囲殲滅すべく襲い掛かってくる連邦軍が、その数を加速度的に増やして
いったことで、自らが置かれた状況を理解せずにはいられなかった。


エミリア達のドム小隊も例外ではない。
彼らも苦闘の最中にあった。


「そこだ!」


ヒートサーベルに腹部を串刺しにされ、ジムが倒れ込んだ。


「今だ、突破するぞ!」


エミリアはヒ−トサーベルを片手に、ドムを走らせる。
これが今の彼女に残された唯一の武器だった。


マッケンゼンのコンテナから補充したザクマシンガンは、激しい戦闘の連続ですでに
失われていた。

ヒックスとカラマーゾフがそれに続く。
彼らの手には、まだマシンガンが残ってはいるが、残弾数は少ない。


エミリア達は連邦軍のモビルスーツ隊に包囲されかかっていた。
が、ついにその一角を突き崩した。
彼らは脱出を試みる。


その彼らをジムの集団が追いかける。

その数は多い。
少なくとも10機はいるだろう。


だが、ホバー走行をするドムとでは、移動速度に差があった。
ドムに引き離され、次第に距離が開いてゆく。

脱出が成功したと思われた刹那、彼らの前方に5機の新手が現れた。


「そこをどけえ!」


エミリアは、ホバー走行で銃撃を右に左に躱わしながらジムに接近する。
そして、ヒートサーベルでジムの肩口に斬りつけた。

ヒートサーベルはジムのボディを縦に斬り裂いてゆく。
が、何かに引っかかったのか、その刀身が途中で折れてしまった。


胴を半ばまで斬りつけられたジムは戦闘不能に陥ったが、彼女も最後の武器を
失ってしまう。
彼女のドムに、二機目のジムがビームスプレーガンの狙いを定める。


「ここまでなのか、私は・・・」


エミリアは死を覚悟した。




767 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:14


(27/51)

そのとき、彼女の視界に黒い影が飛び込んできた。


彼女とジムの間に割って入ったのは、ヒックスのドムだった。


「駄目ですよ隊長、戦場で立ち止まっては。
あなたが口を酸っぱくして教えてくれたことでしょう?」


ヒックスはジムに120ミリライフルを向け、銃弾を浴びせた。
コクピットを撃ち抜かれたジムは後方に倒れこむ。


さらに別のジムがビームサーベルを手に襲い掛かってくる。
しかし、ヒックスの反応の方が早い。

正確にジムに狙いを付け、トリガーを引く。
しかし、銃身が異音を発しただけで、銃弾は発射されなかった。


「弾が詰まった・・・のか?
このポンコツが!」


ヒックスのモニターにビームサーベルが迫る。
至近距離から見たそれは、まるで巨木のように見えた。


ビームサーベルはドムを貫いた。

ビームの刃は、コクピットよりやや上の胸の中央部に突き刺さった。
ヒックスは即死を免れたが、小爆発を起こしたコクピットフレームの破片を全身に
浴びてしまう。


彼は自分の身体と、自分の機体がともに致命傷を受け、脱出の時間も無いことを悟る。
だから、彼は最後の操作をした。

ドムは、胸元から火花を散らしながらも両の手を動かし、しっかりとジムを抱きしめた。
そして諸共に爆発する。


「ヒックス!」


エミリアが叫ぶ。

だが、ヒックス機の爆発で、連邦軍の包囲の輪が緩んだ。
すかさず、カラマーゾフのドムが最後のマシンガン弾でジムを倒し、脱出路を拡げる。


エミリアは、ヒックスが稼いだ時間を無駄にはしなかった。

行く手を塞ごうとするジムに体当たりを食らわせ、包囲の輪を抜け出した。
カラマーゾフがそれに続く。


連邦軍は彼らの背に向かって銃撃するが、高い機動力を発揮するドムには、容易に
当たらない。


だが、ついに一条のビームが、カラマーゾフのドムを貫いた。


「た、隊長・・・ヒックス。
こんなところで・・・」


カラマーゾフの断末魔とともにドムが爆発した。


エミリアはドムを走らせながら、後部モニターに映し出された光景を凝視し続けた。
生き残ったのは自分だけだ。


生き残った?
この先、どれだけ生きられるかも分からないのに?
ともに戦い続けた戦友は、皆死んでしまったと言うのに?


前方モニターに警告ランプがともる。

エミリアの前に、彼女の退路を断つべく回り込んだジムの小隊が現れた。


彼女は迷わず、ドムの進路を敵の小隊に向けた。
そして、スロットルレバーを押し込み、最大出力で突進する。


「うあああああああ!」


エミリアは力の限り叫んだ。




第2軍の諸隊は、敵の重囲に陥りながら絶望的な抵抗を続けた。
が、その戦闘は惨烈を通り越して悲惨でさえあった。


その中でも特に第9師団は、オデッサ守備軍中最強を謳われ、レビル本隊への攻撃
作戦では、先陣を担った栄光の部隊だった。


だが、この退却戦では早々に師団長が戦死し、後を引き継いだ旅団長も重傷を負って
昏倒してしまう。

さらにそれを受けた連隊長が、腹部に貫通銃創を負いながらも、従兵に身を支えられ
つつ指揮を執っていたが、彼も飛来した砲弾に五体を引き裂かれるに及び、ついに
この師団の指揮系統は崩壊した。


指揮官を失い、退路を断たれ、弾薬も尽きた第9師団の兵士達は、連邦軍に一方的
に殺され続けた。

生き残った幸運な者もわずかにいたが、彼らも残らず降伏する以外に途は無い。


かつて、この師団の兵員数は1万6200を数えた。
が、この戦闘による損害は、死傷1万4000に達した。


第9師団は、文字通り全滅した。




768 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:16


(28/51)


【11月9日 4:00
オデッサ鉱山基地 地下司令室】


司令部に各地からの敗報が続々と届く。

報告者達はいずれも蒼白な顔で声を震わせ、中には涙を流す者までいたが、
司令官のマ・クベは、どのような報告を受けても端然と座したまま、まったく
表情を変えなかった。


彼にとって、それらは全て予想の範囲内だったからだ。
そもそも、このような状況に陥るであろうと予想し、覚悟をした上で、退却命令を
出したのである。


すでに腹を括っている彼にとって、今更慌てふためくようなことではない。


だが、その彼が唯一、表情を動かしたことがあった。
昨夜半にこの情報を受けたときだ。


「ドナウ河畔で、同士討ちが発生」


実際、これは不快なニュースだった。


原因は、連邦軍の追撃により退路が狭まり、その狭い出口に数十万の味方
が殺到してしまったことにあった。

特に、大河ドナウ河畔では、渡河待ちの部隊の為に名状しがたい程の混雑
に見舞われた。

直ぐ後ろに、彼らを殺すべく敵の追手が迫っているのに、動くことすら出来ない。
兵士達の不安と焦燥は臨界点に達しつつあった。


そこへ連邦軍の追撃部隊の一部が砲撃を加えてきたのだ。

この連邦軍の追撃部隊は、本隊から突出した小部隊であり、砲も少なく、その
砲撃の被害は限定的だったのだが、撃たれた当の兵士達はそう思わなかった。


情報が錯綜し、彼らは互いに混乱し、また闇夜のことでもあり、誰が敵で、誰が
味方なのかさえ判別できなくなった。


あげくの果てに、狂乱したある兵士が味方に発砲してしまったのである。

発砲された部隊の隊長は、それを敵の襲撃だと誤認した。
逆上した彼は重機関銃を引っ張り出した。

そして、ろくに相手を確認もせず、あたりにいる味方兵をまとめて薙ぎ倒したのだ。


この騒ぎを発火点として、大混乱が発生し、数千人の死者を出すに至ったのだった。



ジオン軍の指揮系統の混乱が、これほど如実に現れた例はない。
また、彼らの退却の妨げにもなるだろう。

現に、ジオン軍の退却は遅れていた。
オデッサが陥ちる前に、彼ら退却軍を全て迎え入れることは出来そうにない。


マ・クベが不快になったのはその為だ。


彼は決断しなければならなかった。
席から立ち上がり、大きくはないが、よく透る、落ち着いた声音で告げる。


「我が軍の負けだ、諸君。
責任は全てこの私にある」


無言のざわめきとともに、参謀達が見つめる。
彼はひっそりと自嘲の笑みを浮かべた。


「大局の要を愚か者どもに委ねた。
人を見る目を欠いたということだ。
指揮官として」


そして、副官に命ずる。


「ウラガン、全軍に通達。
ただちに撤退準備にかかれ。
HLVの発射準備急がせ、潜水艦隊は全て黒海沿岸の港湾都市へ入港、退却軍の
受け入れに尽力すべし。
準備が出来次第、07:00以降をもって順次撤退を開始せよ」


居並ぶ参謀達は、等しく肩を落とした。
無念の思いに、嗚咽を漏らす者までいる。

だが、その中にあって、ウラガンだけは問わねばならない。


「では、マダガスカルの方はいかがなさいますか」


『マダガスカル』は司令部の脱出用として確保してあった、ザンジバル級機動巡洋艦
の名だ。

ウラガンは暗に、司令部は脱出するのか、それともオデッサとともに玉砕するのか、
と聞いたのだ。




769 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:17


(29/51)


マ・クベは、澱みなく答えた


「玉砕など無意味だ。
私が死んで、代わりに数万の将兵が救われるのならばそれもよいが。
私が今更前線に出て、無益に死んだところで何も変わりはすまい」


ウラガンは安堵した。

自分の命が助かったからではない。
上官を生き長らえさせるのも、副官の役目だからだ。


マ・クベは続ける。

「後世の人間は、私を腰抜けよ、卑怯者よと笑うだろう。
だが、言いたい者には言わせておけばよい」


ここで少しうつむく。


「それよりも、私の失態によってキシリア様の発言力が低下しかねん。
何よりもそれが心配だ。
私にも男としての意地がある。
自分の失態は、自分の手で挽回し、キシリア様をお支えせねばな」


ウラガンは頷いた。

雪辱の機会というものは、生きていてこそ得られるものであって、死んだ人間に
そんなものは無いのだ。

だが、彼にはもう一つ、上官に訊くべき事があった。


「司令、それと、例の件についてですが」


マ・クベは顔を上げた。


「言いたい事は分かっている。
核ミサイルの事だな?」


息の呑む参謀達。
マ・クベの顔に貼り付いた自嘲の笑みは、まだ消えていない。


それは、ギレン・ザビ総帥より彼に下された密命だった。
曰く、
万が一、我が軍に利あらざれば、N兵器を用いて連邦の主要都市を焼き払うべし。


N兵器とは核弾頭を搭載した弾道ミサイルのことだ。
無論、その使用は南極条約違反である。


そのギレンからの密命を、マ・クベは事も無げに口にしてみせた。
そして言う。


「ウラガン、私は思うのだ。
この戦争の結末が勝利であろうと、あるいは違うものになろうと、少なくとも後の
スペース・ノイドにとって、恥となるようなものであってはならんのだ、と」


マ・クベの顔から笑みは消えている。


「彼らがスペースノイドである事を、自ら誇りに出来るような未来にならねば困る。
そうでなければ、死んだ将兵が浮かばれん。
そうではないか?」


ウラガンも参謀達も、黙って彼の言葉を聞いている。


「一週間戦争や、コロニー落としは良しとしよう。
あれは南極条約締結前のことだからな。
だが、今は違う。
まして、非武装の民間人に向かって核を撃て、などと。
愚かなことだ」


そして、決定的なことを言った。


「ジオニズムの理想なぞ、私にとって、白磁の名品一個にも値しないのだよ」


だから、ギレンの命令には従えぬ。
この戦争が、後のスペースノイド自立の妨げとなってはならない。


ウラガン達を見据える目は、そう語っていた。
そして、マ・クベの意思は、正確に彼らに伝わった。
彼らは気圧されたように、何も言えないでいる。


だが、どこまでも自分のペースで話す男だ。

マ・クベは軍人らしからぬ細い指で、細い顎をつまみ、一つ考え込むと、とんでも
ない事を言いだした。


「だが、そうだな、こうしよう。
レビルに伝えてやれ。
これ以上進まば、貴軍に向けて水爆を使うぞ、とな。
止まらねば適当に1、2発撃て」


ウラガンは唾を飲み下した。
そんな彼を見て、マ・クベは悪戯っぽく笑う。


「ただし、弾頭には核ではなく、通常弾頭を搭載するのだ。
先程も言ったが、未来に禍根は残したくない。
私ならばこのような陳腐な策には掛からぬが、失敗したところで何の痛痒も無い。
さあ、そのような事より、撤退準備を急ぎたまえ」


彼がそういう邪気のない、少年のような笑顔を見せたのは、それが最初で最後だった、
とウラガンが気付くのは、後にマ・クベが宇宙で戦死した後の事だった。




770 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:19


(30/51)

【11月9日 5:20
クリミア半島 セヴァストーポリ
ガイタヌイ 207高地】


「よーし、いい子だ。
そのまま、そのまま・・・」


ヴィットマンが、主砲の照準器を覗き込んだまま呟く。

薄明かりの中、彼が狙いを定める照星の先には、退却してくる手負いのザクが
映されている。

ザクは脚部を損傷しているのか、足を引きずりながら歩いている。


彼は照準をわずかに下げる。

必死に、しかし、のろのろと逃げようとするザクを追尾する2台の61式戦車と、
数十人の武装歩兵の姿が見えた。

同じ光景を自分の照準機で見ていたクルトが言う。


「あいつら、楽しんでいやがるな。
もう勝った気でいるんでしょうかね?」


「そうらしいな。
ならば教育してやるとしよう。
マルコ、徹甲弾を装填しろ!」


マルコヴィッチは無言で手元のパネルを操作し、俗にマゼラトップ砲と言われる
175ミリ主砲に徹甲弾を装填した。


彼の手際を横目で見ていたヴィットマンは、密かに満足する。

最初は固くなっちまってどうにもならなかったが、随分と慣れたじゃないか。
余計な口答えもしなくなったしな。


「距離、400!
主砲発射!」


鈍い振動が車体を包む。

175ミリ無反動砲から弾き出された砲弾は、真直ぐ61式戦車へ飛び、命中した。
61式はたちまち炎上する。

この間、1秒足らず。


慌てて歩兵が散開し、戦車は稜線に隠れようとする。
しかし、ヴィットマンはそれを逃さない。

すかさず射出された第二弾は、正確にもう一台の61式を撃ち抜いた。


この戦いが始まってから、さんざんに見せつけられた事とはいえ、あまりの手際の
良さにマルコヴィッチは声を呑む。


「お見事!
こっちも負けてはいられませんなあ」


クルトがマゼラベースの35ミリ三連装機銃のトリガーを引く。

直径35ミリもの銃弾が、人体に命中してはひとたまりもない。
銃弾は、逃げ遅れた数人の敵兵の上半身を吹き飛ばし、肉片に変えた。


残りの敵兵は、ヴィットマンらの周りに伏せていたジオン軍歩兵の突撃を受けて、
短い抵抗ののち全滅した。



オデッサの北部戦線が突破され、西部戦線も崩壊したこの時、マ・クベから、
”大波に飲み込まれた岩礁のようなもの”と評されたセヴァストーポリ要塞は、
なお健在であった。


起伏に富んだ地形、延々と続く鉄条網、広大な地雷原、無数の塹壕と堡塁、
トーチカ、砲台、そして、地下に築かれた永久要塞は、連邦の大軍をもって
しても容易に突破できるものではなかった。


しかし、連邦軍も20対1の兵力差にものを言わせ、強引に攻め立てた。
この強襲にセヴァストーポリとて無傷ではいられず、満身創痍と言っていい
状態だ。


現に、この207高地でも、残っている砲台はヴィットマンらの戦車の他は、
数える程しかない。

生き残りのわずかな歩兵が、この地中に埋められた動けぬ戦車に集まり、
ここを小さな砦として抵抗を続けている状態だったのだ。


マ・クベから、東部戦線への撤退命令は、この直前に発令されていたが、
彼らにはまだ、その命令は知らされていなかった。

西部戦線の兵を一人でも多く撤収させるため、踏ん張らなければならない立場
だったこともあるが、真相はあまりの激しい戦闘で、防衛司令部からの電文が
届かず、直接口頭で伝えるべき伝令兵も、その任務の中途でことごとく戦死して
しまう為だった。


このわずかな遅れが、彼らの運命を分けることになる。
これが、戦場の過酷さというものだった。




771 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:20


(31/51)


「よう、戦車兵。
おかげで命拾いしたよ」


窮地を救われたザクは謝意を述べた。


「何だ、お前だったのか。
助けるんじゃなかったかな」


ヴィットマンは心底無駄な事をしたという顔をして見せた。

無論、本気ではなく嫌味としてである。
パイロットは、ヴィットマンらの戦車を埋めた、あのアルノ・ラース中尉だったらしい。


「そう言うなよ。
お前らがそうやって無事でいられたのは、俺がしっかり戦車を埋めてやったお陰
だろう。
けどまあ、それが正解だったかどうかは、甚だ怪しいもんだが」


「どういうことだ?」


反問しながら、ヴィットマンには大方の予想は付いていた。

ラースが部下を連れていない、つまりは部下が全滅したらしいこと、そして、先程
彼が敵から逃げてきたのは、61式戦車から逃れる為ではなく、歩兵から逃れる
為だったのではないかということ。


更に、あの歩兵部隊が手にしていた装備。

それらを考えれば、想像が付くのだ。
果たして、ラースの答えは、彼が想像した通りだった。


「俺の部下は、敵のモビルスーツや戦車にやられたんじゃない。
歩兵にやられたんだ。
奴ら、対モビルスーツ戦に特化した歩兵部隊を用意していやがった」


やはりそうか。

『対MS特技兵』。
そういう部隊が連邦に存在するという話を、ヴィットマンは聞いた事があった。


ジオン軍は開戦以来勝利を重ねてきた。
それは勿論、モビルスーツの活躍によるところが大きい。

一方、連邦軍の高官達は、宇宙空間でのモビルスーツの威力は認めたが、
陸戦では相も変わらずモビルスーツ不要論を唱え続けた。

何と言っても、モビルスーツは大地に直立する人型であるが為に、低重心の
戦車に比べて被弾面積が大き過ぎるのだ。


しかし、モビルスーツは、地上においてもその弱点を補って余りある戦闘力を
発揮した。

威力を発揮したのは、戦車砲を弾き返す装甲に、複雑な地形や泥濘を物とも
せずに躍動する機動力だけではない。


ミノフスキー粒子の実用化に伴い、戦闘の形態が電子戦から有視界戦闘へと
移行した事が、モビルスーツの背の高さという弱点までをも射界の確保に役立つ
という利点に変えてしまったのだ。


そんなモビルスーツに対し、連邦軍首脳は理解が遅れ、対応が後手に回った。

そのツケを、自らの命で直接支払わされるのは、無為無策の高官達ではない。
前線でモビルスーツという巨大な怪物に、生身で立ち向かわされる兵士達だ。


彼らは生き残る為に、自分達で工夫を凝らし、モビルスーツへの対抗手段を編み
出さざるを得ない。

そうして産まれたのが、『対MS特技兵』と呼ばれる歩兵部隊だった。


『ザクハンター』とも呼ばれた彼らの戦法は、怖いもの知らずとしか言いようがない。

彼らは、モビルスーツのモノアイや赤外線などの各種センサーをくらませつつ肉薄し、
避けようの無い至近距離から、対MS重誘導弾『リジーナ』の弾頭を、モビルスーツ
の泣きどころである間接部や、装甲の繋ぎ目を狙って撃ち込んだのだった。


ラースの小隊が全滅したのも、まさにこの戦法によるものだった。


ヴィットマンは、モビルスーツという兵器を敵視していたから、その弱点も良く知って
いた。
だから、この戦法の存在を知っても、特に意外だとは思わなかった。


一方、ラースのように、モビルスーツこそ万能であると信じている者は、このような
”弱者の知恵”にまで想像力が及ばないものだ。


そしてそれは、戦車を埋めるように指示した、セヴァストーポリの防衛司令部にも
言える事だった。

彼らは戦車の価値と言うものを、根本的に見誤っているとしか思えない。
ラースのこの言葉が、それを象徴している。


「敵の歩兵が、四方八方からこっちに突っ込んで来た時、思ったよ。
お前さんらの戦車が側にいてくれりゃあ、ってな。
そうすりゃ、あんな奴らは簡単に皆殺しに出来たし、部下達も死なずに済んだんだ」




772 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:22


(32/51)

宇宙世紀の戦車というのも皮肉なものだ。
土に埋められてから、その価値を再認識されるとは。


ヴィットマンは、顔に自嘲の縞模様を作りながらポケットをまさぐった。
無性に煙草を吸いたい気分だった。

残り少なくなった煙草の一本を口に咥え、火をつける。
そんな彼の頭を覚ましたのは、吸い込んだばかりのニコチンではなかった。


「そういえば、知ってるか戦車兵?
第4地下停車場に、まだ埋められていない戦車が残っているらしいぞ。
昨日になってから持ってきたんだが、敵の攻撃が激しすぎて、埋めるどころじゃなく
なって放置されているんだと」


第4地下停車場とは、2キロほど行ったところにある物資集積所兼、要塞本部との
連絡列車の発着場の名だった。


「なにい?
それは本当・・・」


彼は最後まで発声する事が出来なかった。
彼らの周りに複数の砲弾が落下し、炸裂したからだ。


「真面目な連中だな、もう少し休めばいいのによ」


帽子を顔に載せて睡眠を貪っていたクルトが起き上り、照準器を覗き込む。
そして彼らしくもなく、緊迫した声を上げた。


「隊長!
やばいですぜ、奴らモビルスーツを連れてきやがった!
2機・・・いや3機!
戦車と歩兵も見える!」


「やれやれ、早朝の勤務手当でも稼ぐつもりなのかよ、奴らは。
おい、マルコ!」


「はい!
徹甲弾、装填完了!」


ヴィットマンは、凛とした応答を返したマルコヴィッチの顔を思わず見直した。

フン、と鼻を一つ鳴らしてから、照準器に顔を当てる。
心持ち、口角が上っているように見えるのは気のせいだろうか?


「まず戦車からやる!
数は二両。
オレ達は左のやつを撃つ。
残りは歩兵隊の対戦車砲でやるように伝えろ!」


マルコヴィッチが歩兵隊に指示を伝える間、連邦軍の61式が発砲してきた。

続いてジムも100ミリマシンガンを撃つ。
それらの銃砲弾は、彼らの至近に着弾するが、命中はしない。


「馬鹿が!
この悪路を走りながら撃ったって、当たるものかよ!」


ついにヴィットマンがトリガーを引いた。

さらに歩兵も対戦車ロケットを放つ。
ラースのザクは地に伏せながら、120ミリ弾をジムに叩き込んだ。


瞬く間に二両の戦車と一機のジムが吹き飛ぶ。
だが、敵も至近に迫っていた。


ラースのザクが腰からヒートホークを抜き放ち、ジムに斬りかかる。
ジムはそれを盾で防ぎ、二機の鋼鉄の巨人は壮絶な殴り合いを演じ始めた。


もう一機のジムは、土中のマゼラアタックに迫る。
マゼラトップ砲が火を吹くが、容易に当たらない。


ジムも反撃の銃撃を浴びせるが、背の高いジムから見下ろすようにして撃った
銃弾は、マゼラトップに被せられた掩体に阻まれてしまう。


するとジムはヴィットマンらの背後に回りこみ、掩体を掴み、引き剥がし始めた。

金属が軋み、地面が揺れる。
このままでは、彼らの戦車は裸にされてしまうだろう。


「隊長、もしかして、これってまずいんじゃないですかねえ」


「もしかしなくてもまずいな、これは。
歩兵隊はどうした?」


「敵の歩兵部隊と交戦中のようです!
どうするんですか、隊長!」


年長者二人の人を食ったような会話とは対照的に、マルコヴィッチの叫びは
悲痛そのものだ。

叫んで助かるものなら、いくらでも叫んでやるところだが、ヴィットマンは指揮官
として、生き残る為の自助努力を放棄し、居るかどうかも分からない神様とやら
に責任を転嫁するわけにはいかない。


どのような状況にあろうと、常に生存の機会を窺わなければならないのだ。


とはいえ、この時の彼には何もアイデアが無かった。
これはいよいよ、年貢の納め時かも知れんな、とも思う彼だった。




773 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:23


(33/51)


ヴィットマンらの頭上の金属音が、いよいよ大きくなる。

聞き苦しい音だ。
まるで恐怖映画で殺人鬼に襲われ、ヒステリックに泣き喚く女の声に似ている。


すると、一際大きな音がして、にわかに車内が明るくなった。
ついにジムが、掩体を引き剥がしたのだ。

そして彼らの頭上で輝いたのは太陽ではなく、ジムの100ミリマシンガンの炎
だった。


「うわあああ!」


百雷が鳴り響くような轟音の中、被弾した車内に火花や、破壊された金属の
破片が飛ぶ。

しかし、それは一瞬の事だった。


彼らに銃撃を加えたジムは、横合いからザクの体当たりを食らって吹き飛んだ。
間一髪でジムを組み伏せたのは、ラースのザクだ。


ラースは、刃の欠けたヒートホームの柄でジムの腹を何度も殴りつける。

激しく抵抗していたジムだったが、次第にその手は力を失い、ついに地へと崩れ
落ちた。


「はあっ、はあっ!
ざまあ見やがれってんだ!
おい、無事かよ、戦車兵?」


そのラースの呼びかけが聞こえたのではないが、ヴィットマンは目を開けた。
実際、彼の耳は被弾時の轟音にやられ、まだ悲鳴を上げている。


彼はゆっくりと両手、両脚を動かした。
どうやら、まだ五体は無事らしい。


さらに視線を動かすと、やはり耳を押さえながらマルコヴィッチが起き上がる
のが見える。

悪運の強い餓鬼だ。


だが、今一人、クルトの姿が見えない。


「クルト、大丈夫か!」


操縦席にうずくまる影から弱々しい呻き声が聞こえる。
彼の肩を掴み、引き起こそうとしてヴィットマンは息を呑む。

クルトは破片を頭に受けていた。
一目でそれと分かる致命傷だった。


「隊長・・・煙草を一本くれませんかね」


ヴィットマンは何も言わず、煙草の箱を取り出した。
手がやけに震えて仕方が無い。

ようやくの思いでクルトに煙草を咥えさせ、火をつけてやる。


クルトの血と煤に汚れた顔が笑ったように見えた。
そう、いつもの彼の、どこか涼しげな笑顔だ。


やがて、笑みを浮かべた口から煙草が落ちた。


「くそっ!」


マルコヴィッチは思わず顔を背けた。
クルトの肩を抱くヴィットマンの顔を、まともに見る事が出来なかったからだ。


だが、別の振動が彼の顔を上げさせた。

視線を移すと、ラースのザクが片膝を付き、うなだれていた。
腹からは白煙が上っている。


その直前、死体だと思われていた連邦歩兵から火箭が伸びた。
血まみれになって地に横たわっていたこの歩兵は、かろうじて生きていたらしい。


ジオン歩兵に手榴弾を投げつけられ、内蔵を深く傷つけられた彼は、しばらく気を
失っていたが、目を覚ますと手元にある重火器をザクに向けて発射したのだ。


その重火器の名は、『対MS重誘導弾、M−101A3 リジーナ』。
『ザクハンター』と称された連邦の対MS特技兵の、切り札ともいえる武器だった。




774 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:25


(34/51)


発射された小型ミサイルは、ザクのコクピット付近に命中した。


それでも、堅牢な装甲を持つザク自体は小さな損傷を受けたに過ぎなかったが、
パイロットは無事では済まなかった。


二機のジムとの交戦で、ラースのザクのコクピット部の装甲は傷付き、パイロット
を守る為に溶接された増加装甲も剥がれ落ちていた。

そうして弱った部分に、ミサイルの直撃を受けたのだ。


わずか数人に減っていた生き残りのジオン歩兵が、瀕死の連邦兵に止めを刺す。
ラースのザクに駆け寄るマルコヴィッチには、その断末魔は耳に入らない。

彼は必死にザクによじ登り、コクピットをこじ開けた。


ラースは、四散したコクピットの鋼板の破片を浴びて絶命していた。

彼の五体は原形を保っていたが、操縦席は血の海になっている。
失血性のショック死らしい。


マルコヴィッチは急激に胃から食道へとせりあがってくる嘔吐感に耐えた。


その肩を、いつの間にか後ろにいたヴィットマンが掴む。


「これで生き残ったのは俺とお前、それと3人の歩兵だけ。
戦車、モビルスーツは勿論、まともな重火器すら残っていない。
これじゃ、ここを支えるのはもう無理だな」


顎をラースの死体に向けて続ける。


「こいつの話じゃ、第4地下停車場に新品の戦車が残っているらしい。
取りあえず、そこまで退こう。
もっとも、裸同然の俺達がそこまで辿り着けるか、甚だ怪しいもんだが」


マルコヴィッチは何かを思い付いたらしく、急に顔を上げた。


「このザク!
これで行けば多少は安全ですよね?」


「ああ?
言っとくが、俺はモビルスーツの操縦なんか出来んぞ。
それとも、お前は出来るってのか?」


マルコヴィッチは口を尖らせる。


「そりゃ出来ませんよ、この人みたいには。
俺は入隊前の養成訓練で、シミュレーターに乗った事があるだけです。
けど、やるしかないでしょ」


ヴィットマンは指先で頬を掻いた。

そして、得心がいったという風に頷く。
そういや、こいつは元々、モビルスーツ乗り志望だったんだよな。


「いや、それなら十分、大したもんだ。
そうと決まれば急ごう。
敵は待っちゃくれないからな」


彼ら二人はコクピットに乗り込む。

生き残りの歩兵と毛布にくるんだクルト、ラースの遺体はザクのマニュピレーター
で運ぶ事にした。


他にも多くの同胞の遺体が横たわっていたが、それまで運ぶ暇はない。

ヴィットマンは後方モニターから遠ざかる207高地を見やり、胸の前で十字を
切った。


「隊長、クリスチャンだったんですか?」


「うるせえ、お袋がやってたのを真似ただけだ。
こんなんでも、あいつらが迷わずあの世に行けるってんなら、めっけもんだろうが。
そんなことより、お前は操縦に集中していろ、このヒヨッコ野郎」


東の空に太陽が昇りかけている。

朝焼けの大地が赤い。
まるで血の色のようだ。

マルコヴィッチは、一刻も早くこの血の海を抜けるべく、ザクの足を早めた。
だが、コクピットに染み込んだラースの血の匂いは、どうやっても消えないだろう。




775 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:26


(35/51)


【同日 6:30
ドナウ川北岸 シェフチェンコフ】


地上で決戦の大勢が決した頃。
空には、朝日を浴びて南下する航空部隊があった。


その戦力は、ガウ1、ドップ14、グフを載せたドダイが2、グフを載せていないドダイが2。
それは、マッケンゼン大佐の空挺第1旅団の生き残りだった。


マッケンゼンは思う。

かつて、我々はこの空を覆いつくすほどの大部隊だった。
それが今は、なんとつつましいものだろうか、と。


だが。
まだ終ってはいない。
そう、我々はまだ戦える。


彼は眼下のドナウ川を見下ろした。


破壊された戦車が見える。
墜落して黒焦げになった航空機が見える。
上半身だけになって、何かを掴もうとするかのように手を天に突き上げて息絶えた
ザクが見える。


戦場跡には、戦友の亡骸が延々と連なっている。
その凄惨な光景は、彼と彼の部下達の魂を震わせずにはいられない。


待っているがいい。
貴様達の死を無駄にはしない。
マッケンゼンは、愛機の操縦桿を強く握りなおした。


ハルダーの地上軍は壊滅した。

マッケンゼンが物資を届けるべき友軍は、この地上から消滅した。
彼らの輸送任務は終わったのだ。


だからこそ、彼らはここにいる。
最後の一撃をレビルに浴びせる為に。


コクピットに警報が鳴り響く。
彼らの周囲に、次々と爆発が起こった。


地上の連邦軍が、高射砲弾を打ち上げてきたのだ。
彼らは、爆発の衝撃で機体を揺動させながらも進路を変えない。


目指すのはレビルの本営だ。
高射砲陣地を迂回する時間はない。

目的地までの飛行距離が長くなれば、それだけ敵の航空機による迎撃に長時間
曝されることになるからだ。


果たして、前方に連邦軍の戦闘機隊が現れた。
彼らの最期の戦いが始まったのだ。


「何としてもガウを守れ!」

マッケンゼンは命じる。
それは、マッケンゼン隊の合言葉でもあった。


ドップとドダイは、ガウの周囲で連邦軍の航空機と格闘戦を演じた。

彼らの頭には、個人の戦果などというものは消え去っている。
敵機を堕とすことよりも、追い払うことだけを考えた。


だから、敵を深追いして隊列を崩すようなことはせず、彼らは少数ながらも、ガウを
有効に防衛しつづけた。


それでも、ドップは一機、また一機と撃墜されてゆく。
ガウにも敵の銃弾が複数命中し、損傷が酷くなってゆく。

だが、ガウは堕ちない。
それは、マッケンゼン達の意地が、ガウに乗り移っていたからに他ならない。


そして彼らは奇跡を起こした。


連邦軍の空の防衛網を突破し、レビル本隊の上空に辿り着いたのだ。




776 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:27


(36/51)


【同日 6:45
イズマイル付近】


ついに、マッケンゼンらはレビル本隊のいるイズマイル上空に達した。
戦力は彼とガウの他、ドップ6機に減っている。


黒々とした戦車の海、その先に小山のようにして見えるのは『バターン』だ。
しかし、それは一瞬で見えなくなる。

炸裂する無数の対空榴弾の爆発煙で、空が真っ黒になったからだ。


ドップが前方に突出し、連邦の航空隊に突っ込んでゆく。


わずかに開いた突入路。
そこにガウが巨体を捻じ込んでゆく。


「見えた、バターンだ!」


マッケンゼンはグフの手で再び見えた『バターン』を指し示した。


ガウの機首の窓から、機長の姿が見える。
彼は、マッケンゼンに直立不動の姿勢から敬礼を送った。


彼だけではない。
ガウの操舵手が、通信士が、航法担当仕官が、ブリッジにいる全員が敬礼を
送る。


マッケンゼンは、これほど見事な敬礼を見た事が無い。
当然だ。

それは死を決した男達の、最期の敬礼だった。
見事でない筈が無い。


彼のグフも敬礼を返す。


ガウは、一気に機首を下げた。
速度を上げ、一直線に『バターン』に向かって突っ込んでゆく。


「敵機直上、急降下!」


「真直ぐ突っ込んできます!」


その光景に最も狼狽したのは、『バターン』の艦長だったに違いない。


「まさか・・・カミカゼだと!
迎撃だ、迎撃!
早く撃ち落とさんか!」


マッケンゼンらが命を懸けて守ったガウには、爆薬が満載されていた。

この体当たりを受ければ、『バターン』も、それに乗ったレビルも、跡形も無く吹き
飛ぶだろう。


一方、そこまで知っていた訳ではないが、ほとんど逆上しつつ迎撃の指揮を執る
艦長を、後方の席から見据えるレビルは、どこまでも落ち着いていた。


彼は達観している。
今、自分が死んだところで、大局に影響するものは何も無いと。

事実、彼は一時間ほど前にマ・クベから、進軍を止めなければ水爆攻撃を掛ける
との脅迫を受けた。

しかし、完全にそれを無視していた。


今、ジオンにとって何よりも欲しいのは時間だ。
ならば、自分は絶対にそれをジオンに与えてはならない。

このカミカゼも同じだ。
自分や『バターン』がどうなろうと、進軍を止める必要などない。


レビルは、周囲の雑音から離れるように瞑目した。




777 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:29


(37/51)


『バターン』の対空機銃が狂ったように火を吹く。
周囲の戦車も、モビルスーツもありったけの火力をガウに叩きつけた。


ガウに、次々と銃砲弾やビームが突き刺さる。
瀕死の巨鳥は、全身から血の代わりに炎を噴き出した。


巨鳥は左右にロールし、のたうちつつも、『バターン』を目指す。
だが、ついに対空砲弾の一発がブリッジに飛び込む。


砲弾は機長や操舵手など、ブリッジの人員を一瞬で肉塊にしてしまった。

このとき、ガウの針路は『バターン』への衝突コースとは微妙に変わっている。
だが、もはやそれを修正すべき人間はいない。


ガウは機体を傾け、黒煙を吐きつつ降下していき、『バターン』から400メートル
ほど東に墜落した。


地を揺るがす轟音とともに、巨大な火柱が吹き上がった。


『バターン』の艦長は、激しく振動するブリッジに立つ身体を支えつつ、大きく息を
吐いた。


だが、彼が安心するにはまだ早かった。
部下が悲痛な叫びを上げる。


「もう一機、突っ込んで来ます!」


最後に残ったマッケンゼンのドダイとグフだった。


連邦軍の対空砲群は、全てガウに向かっていた。

しかも、ガウの爆発に巻き込まれた戦車や砲車も少なくない。
これは、その隙をついての突入だった。


マッケンゼンは、グフをドダイの上に伏せさせた。

ドダイの背の固定用フックをグフの身体に接続する。
そして、機首を『バターン』に向け、降下を開始した。


「取り舵、い、いや面舵だ!
面舵一杯!」


艦長の叫びに応え、操舵手が必死の形相で舵輪を回す。

しかし、『バターン』は巨艦だ。
舵輪を回しても、すぐに針路が変わるものではない。


『バターン』のクルーが、じりじりと焦りを募らせながら、針路が変わるのを待つ
間にも、マッケンゼンのグフは、空に轟音を響かせつつ、一個の巨大な砲弾と
なって迫る。

ようやくそれに気付いた他の連邦軍が、慌てて銃砲弾を打ち上げた。


マッケンゼンの眼前に次々と砲弾が炸裂する。
数発が立て続けに命中した。


マッケンゼンのコクピットは炎に包まれた。
火焔の向こうに霞むモニターも焼け付き、ほとんど何も映さなくなる。


「ぬ、あ、あ!
これ、しき、の、ことで!」


しかし、熟練パイロットである彼は、身を焼かれながらも、レーダーや方位計、
高度計の表示で自機と『バターン』の位置を把握することが出来た。


『バターン』は、ようやく舵が利き出したのか、のろのろと針路変更を始めた。
彼はそれへと突き進む。

砲弾が命中するたびに逸れそうになる針路を、殆ど勘のみで修正しながら。


それは彼の意地であり、執念だ。
だが、彼の顔には穏やかな笑みがたたえられていた。


彼の脳裏にはガウの機長や、戦いで散った部下達の顔が浮かんでいる。
そのどの顔も、彼に笑いかけている。


勇敢に戦って死んだ戦士達が、彼を待っている。
指揮官である自分も、逝かなければならない。


マッケンゼンは、戦士達の魂が差し招く先に向かって機を操った。




778 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:30



(38/51)


グフは、マッケンゼンの意思の塊となって、『バターン』の右舷砲塔部に激突した。


それは、『バターン』の右舷砲塔と台座部を根元からもぎとり、本体の脇に落下し、
爆発した。


その爆発は、『バターン』の右舷を崩壊させ、大損害を与えた。
『バターン』は大破し、停止する。


『バターン』の内部は、さながら地獄絵図の様相を呈した。


特に右舷では、破壊された構造材と引き裂かれた人体が散乱し、腕や足を失った
兵が、首や胴を砕かれた死体を掻き分けつつ、自分の身体を捜そうとするが、全く
見つからない。

やがて、爆発と火災が連続して発生し、彼らを生きたまま火葬にした。


一方、司令室には目立った損傷は発生しなかったが、中の要員は無事ではいられ
なかった。

彼らは激しい衝撃を食らい、艦長や参謀ら、司令室で立って指揮していた者達は、
一人残らず転倒し、打ち所の悪かった数人は戦死者の列に加わる事になった。


「閣下、ご無事ですか!」


自分も転倒し、顔にあざを作った副官が、血相を変えてレビルの元へと駆け寄る。


レビルは生きていた。

彼は椅子に埋もれかけた身体を起こし、床に落ちた帽子を拾った。
これが、レビルが受けた唯一の被害と言えば被害だった。


「ああ、私はなんともない。
無傷の私よりも、自分の身体を心配したらどうかね、少佐?」


帽子の埃を払い、頭に載せる。
副官は全身で溜息をついた。


「ご無事で何よりです、閣下。
ですが、これ以上この艦に残るのは危険です。
指揮所を『モルトケ』へ移しましょう」


レビルに否やはない。
そういう司令部の運用上のことは、この副官に一任してある。
彼が口を差し挟むことではない。

レビルは立ち上がり、『バターン』の背の甲板へと移動すべく、司令室の扉を
開けた。


様々な匂いが彼の鼻を突く。

それは金属や油の焼ける匂いであり、硝煙の匂いだった。
さらに血や肉の焼ける匂いもする。


まさに戦場の匂いだ。

廊下はおびただしい数の負傷者で溢れ返っている。
彼はその中を無言で歩き、甲板のヘリポートへと降り立った。


彼が視線を廻らすと、甲板上にも担架に乗せられた負傷者が並べられていた。

その中を、彼らを手当てする為、看護兵がこま鼠のようになって走り回っている。
彼らも、最優先でヘリに乗せて後送してやらねばならないだろう。


その喧騒をよそに、レビルは空を見上げた。
そこにはもう、敵の姿はない。


いや、彼がそこに見出そうとしていたのは、敵の姿ではない。
彼の意識からはもう、オデッサの戦いの事は消えている。


このとき彼の目は、次の戦場になるであろう宇宙を見ていた。




779 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:32


(39/51)


【同日 7:10
クリミア半島 セヴァストーポリ
第4地下停車場】


セヴァストーポリ第4地下停車場。

207高地から南西ヘ2キロに位置したこの停車場は、セヴァストーポリ市街
と前線とを連結し、物資や兵員を輸送するための地下列車の発着場の一つ
だった。

また、HLVの発着場までは18キロ強、列車で15分程度の距離でもあった。


そこは今、各防衛線から退却してきた兵でごった返している。
その喧騒の中、ひときわ大きな怒鳴り声が轟いた。


声の主はヴィットマンだ。


「撤退だと?
それはどういうことだ!」


胸倉をつかまれた不幸な列車兵はあえぎながら答える。


「ですから、撤退命令が出されたんですよ!
04:50に!
マ・クベ司令の名で!」


「04:50?
04:50っていやあ・・・くそっ!」


04:50と言えば、まだクルト達が生きていた時間だ。

その時点で司令部が、前線に撤退命令を漏らさず通達していれば、彼らは
死なずに済んだかもしれない。


彼は列車兵を睨みつける。

しかし、これ以上、罪無き彼を責めても仕方がない。
殴るなら、セヴァストーポリの幹部仕官を殴るべきだろう。


だから、彼は横を向き、床に唾を吐き棄てるだけで我慢した。


そんな素行の悪い戦車兵を相手にしても、健気な列車兵は自分の責務に
忠実であろうとした。


「とにかく、HLVの発射場まで列車を出しますから、早く乗ってください」


やっと戦車で存分に戦えると思ったのに。
だが、こうなっては仕方が無い。


「マルコ、お前はラースのザクを積み込め。
あれは地上用のJ型だが、宇宙仕様への改装は容易だ。
今は一機のモビルスーツも無駄には・・・」


彼の語尾を掻き消すほどの大きな爆発音が起こった。


地下停車場全体が揺れる。
さらに連続する銃声が聞こえた。

誰かが叫ぶ。


「敵襲だ!
敵がそこまで攻めてきたぞ!」


その声に兵士達は騒然となる。
彼らは喚声をあげ、我先にと列車に飛びつく。


停車場守備隊の将校ら数人が地下へ駆け下りてきた。


「敵の人数が多い!
誰か手を貸してくれる者のはいないか!」


その必死の声に反応する者はいない。

彼らは20倍の敵を相手に、戦ってきた。
戦友の多くが虚しくセヴァストーポリの埋め草となる中、彼らはかろうじて生き残り、
ここまで逃げ延びた。

もう少しでHLVの発射場まで辿り着けるのだ。
なのに、この期に及んで、わざわざ敵と戦おうと思う酔狂な者は少ない。


だが、将校らも諦めない。

彼らとて、その兵士達を守るために戦おうとしているのだ。
なのに、誰も協力しないとは何事か。


その協力要請が、次第に詰問口調になるのも止むを得まい。


「あのザクは誰のだ?
俺達と一緒に迎撃に出てくれ!」


「そうだ、そこの若いの!
あれはお前のなんだろう?」


指を差されたマルコヴィッチが、身体をこわばらせるのがヴィットマンにも伝わる。


「待ってくれ!
あのザクはこいつのじゃない、こいつは素人だ。
死んだパイロットの代わりに無理に操縦して、やっとここまで辿り着いたんだ」


「それでも操縦は出来るんだろう?
モビルスーツが有るのと無いのとではえらい違いだ!
時間が無い、頼む!」


悲壮感さえ漂わせつつ、彼らは必死に訴える。
理は、彼らの主張にこそあるだろう。


それはヴィットマンにも分かる。

ヴィトマン自身は、迎撃に参加するのは一向に構わない。
連邦の奴らには借りがある。

それと、もう一つ、連邦軍にというよりは、ジオン軍に対しても借りがあった。
もっとも、そちらについてはほとんど諦めていたが。


だが、ここでマルコヴィッチを差し出すわけにはいかない。

ザクが出撃すれば、連邦軍はそれを真っ先に叩こうとするだろう。

彼に無駄に死ねと言うようなものだ。
まして、彼はまだ子供ではないか。


だが、今やその兵士達だけでなく、この停車場にいる兵が皆、マルコヴィッチを
注視している。


まずい雰囲気だ、とヴィットマンは思った。




780 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:33


(40/51)


ヴィットマンは、まだ彼の傍らにいた先程の列車兵に問いかけた。


「おい、ここには昨日到着したばかりの、まだ埋められてない戦車があるってのは
本当か?」


一列車兵に過ぎぬ彼が、そのような事を知っているのだろうか。
多少の不安が無いでもなかった。


が、彼は知っていた。

思えば、前線で戦っていたラースでさえ知っていたのだ。
彼らにとって、よほどその戦車は印象に残りやすいものだったのだろうか。


「昨日到着した戦車?
ああ、もしかして『あれ』の事ですか?」


「なんだよ、『あれ』って?
戦車と違うのか?」


「戦車と言うか・・・『モビルタンク』って言うそうですよ。
良くは分かりませんが。
ただ、やたらと大きなヤツです。
ここから200メートルほど先の、東第2格納庫に入ってたはずです」


「モビルタンク・・・だと?」


ヴィットマンの目が驚愕に見開かれた。



その頃、第4地下停車場の入り口付近では、一本の塹壕を奪い合う、小さいが
激しい戦闘が繰り広げられていた。


連邦軍は3日間、ほとんど不眠不休でセヴァストーポリを攻め立てていた。

当初、この要塞を一日で陥落させると豪語したマザーウェル中将は、自らの失点
を挽回すべく、麾下の部隊に猛攻を命じた。

それでも連邦軍には、この三日の間、各部隊が交代で攻撃する余裕があった。


そもそも、マザーウェルの”猛攻”という表現の命令でさえ、その内容というのは、
”交代しつつ連続して攻撃を続けよ”というものでったし、また、それが連邦軍の
感覚では当然だった。


だが、ジオン軍はそうではない。

人数の少ない彼らには、交代用の人員などという贅沢なものは存在せず、それを
使って僅かな休息を得ることすら困難だった。


彼らは、砲弾の爆発音の中で眠り、吹き上がる土砂の降りしきる中で、砂だらけの
スープをすすってこの三日間を耐え、戦い続けた。


だが、彼らのその献身的な戦いにもかかわらず、連邦軍の物量は圧倒的であり、
ジオン軍は次第に追い詰められ、戦線を縮小せざるを得なかった。


そしてセヴァストーポリの3分の2を占拠した連邦軍はさらに前進し、この第4地下
停車場を襲い、ジオン軍の退路を潰そうとしたのだ。


この停車場守備隊の戦力は、微弱という以外に表現のしようがないものだった。

その人数は200名に満たず、モビルスーツに至っては皆無だ。
それでも、彼らはたった一本の塹壕に身をよせ、なお戦闘を続ける構えを見せた。


それに対し、ここを攻めた連邦軍は、先鋒を務めた歩兵大隊だけでも800名を
数え、さらにその後方には、機甲部隊やモビルスーツ中隊を含む1万を超える
大部隊が続いていた。


この敵と比べれば、ジオン軍の戦力は惨めですらある。


だが、彼らは、この戦役に参加した他の多くのジオン軍がそうであったように、
圧倒的多数の連邦軍を相手に善戦していた。


先陣の連邦軍歩兵大隊は、この塹壕へ二度の突撃を敢行したが、いずれも
ジオン兵の機関銃によって薙ぎ倒され、撃退された。


連邦軍は多くの戦死者を出し、攻撃の続行を断念した。

自分達だけでの塹壕の突破は困難だと判断した彼らは、後方の機甲部隊に
応援を要請した。



大地を震わせつつ前進するのは61式戦車とジムの混成部隊だ。


61式の150ミリ連装砲が火を吹いた。

発射された砲弾は塹壕の手前に着弾する。
が、そこで砲弾は炸裂しない。


砲弾は地を跳ねた。
跳ねた砲弾は、塹壕の真上に飛び、そこで炸裂する。


塹壕に潜り込んでいたジオン兵の多くが、頭上で爆発した砲弾の為に傷付いた。
連邦軍の戦車隊は、初めからこの跳弾を狙い、砲弾の信管をわざと遅発にセット
していたのだ。


「よーし、踏み潰せ!」


目に見えて抵抗が弱くなったジオン歩兵隊に向かって、61式とジムが猛然と突進
する。


もはや、彼らの全滅は確実と思われた。




781 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:35


(41/51)


8両の61式戦車と5機のジム、そして歩兵部隊が密集隊形で進む。


彼らへ向かって、塹壕から小型ミサイルが発射された。
それは塹壕の守備隊による、なけなしの重火器による必死の反撃だった。


だが、ジムは盾を掲げ、手も無くそれを防いでしまう。


「ジオンの死に損ないが!
生意気なんだよ!」


ジムは、バズーカを発射した。
バズーカ弾が、塹壕の前後に着弾し、さらにジオン兵の命を奪う。


「ざまをみろ、ジオンめ!」


ジム隊が走る。
あっという間に彼我の距離が縮まり、ついに彼我の距離が100メートルを切ろう
としていた時だった。


走っていたジムの足が吹き飛んだ。


凄まじい爆発音が辺りの空気を震わせた。


その爆風は隣のジムをも吹き飛ばす。
そう、数十トンもの鋼鉄の塊が、文字通り吹き飛んだのだ。


膨大な風圧を持った爆風は、さらに連邦軍歩兵を薙ぎ倒し、塹壕のジオン兵を
も襲う。

彼は危うく頭を引っ込める。
もし、頭を下げるのが一瞬遅れていれば、彼の首と胴は永遠の別れを告げて
いたかもしれない。


「ど、どこだ、一体どこから!」


「いや、それよりもこの威力は何だ!」


連邦軍は密集隊形の危険性に気づき、慌てて互いの距離を取る。

その中心には、先ほどの爆発による巨大な破腔が穿たれていた。

その大きさから察するに、戦車砲弾などではありえない。
まるで戦艦の艦砲射撃だ。


散開しようとした連邦軍の中で、転倒したジムは起き上がるのが遅れた。
そこへ二発目の砲弾が飛来し、彼を木っ端微塵にし、周囲の戦車をも砕く。


連邦軍は、たった二発の砲弾で甚大な被害を受けた。

連邦軍部隊は、狼狽しながらも砲撃が来た方角から相手の位置を算出し、
自分達を攻撃したのが何者なのか、ようやく気付いた。


「なんだ、あいつは!」


「戦車・・・なのか?
だが、馬鹿に大きいぞ!」


彼らの視線の先、第4地下停車場を見下ろす高地に、それは姿を現した。


「どうやら、間に合ったみたいだな」


ヴィットマンは安堵の呟きを漏らす。

塹壕を守る守備隊は、なんとか全滅を免れたようだ。
守備隊の、マルコヴィッチのザクを出せとの要求を突っぱねた手前、彼らを
救わぬわけにはいかなかった。


しかし、なんという威力だろうか。
彼は、自らの操る兵器の威力に、戦慄にも似た高揚を覚えていた。




782 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:37


(42/51)


ヴィットマンの操るそれは、『YMT−05 ヒルドルブ』
ジオン軍の試作モビルタンクだった。


全長は35.3メートル。
同12.5メートルのマゼラアタックの3倍に迫る。


だが、見る者が圧倒されるのは、その巨大な主砲だろう。
その口径は30サンチ。
砲弾の重量は400kgにも達する。


この巨砲に比べれば、連邦の61式の主砲など豆鉄砲のようなものだ。
61式の15サンチ砲の砲弾重量は50kgに過ぎない。


この差は、そのまま破壊力の差にも通じる。
つまり、ヒルドルブの主砲は、61式の8倍の威力を持つということだ。


仮に61式の主砲弾が、ある条件下で15センチの標準的な鋼板を貫通する
能力を持つのだとすれば、ヒルドルブの主砲は、同条件で120センチの鋼板
をぶち抜く事ができる計算になる。


この主砲に狙われては、巨大戦艦とてただでは済まない。


「ふん。
まあ、初めてにしては上出来か」


ヴィットマンは、あえて口ではそう言った。
そうしなければ、体内から溢れ出る興奮を抑えれらそうもなかったからだ。


彼は思い切りアクセルを踏みこみ、猛然と斜面を駆け下りた。

ヒルドルブは桁外れのパワーで加速する。

その巨体に似合わず、カタログスペックの最高速度は110キロを誇るだけに、
セヴァストーポリの悪路にあってもかなりのスピードが出せる。


ヒルドルブは真直ぐ連邦軍へは向かわず、第4地下停車場とは反対の方向へと
走った。


誰の目にも連邦軍を誘っているのは明らかだ。


「野郎、舐めやがって!」


だからこそ、連邦軍はこの誘いに乗った。
ジム部隊は隊列を離れ、ジオンの怪物戦車を追う。


ヒルドルブはしばらく走行を続けると、車体の向きを180度変えた。
しかし、前進するのではなく、後進を続け、あくまでジム部隊との距離を保つ。


ジム部隊は100ミリマシンガンの銃撃を浴びせる。
それらはヒルドルブに着弾するが、その分厚い装甲に全て弾き返されてしまった。


「さすがはヒルドルブだ。
機銃弾くらいじゃビクともしないぜ」

ヴィットマンは、新しい相棒の頼もしさが嬉しかった。
そしてここまで、自分の狙いが奏効している事にほくそ笑む。

彼が警戒していたのはジムのビーム砲だった。


100ミリマシンガン程度の直撃ならば、よほどの近距離でない限り、ヒルドルブ
の装甲を貫通することは不可能だ。


しかし、ビーム砲はそうはいかない。
その超高熱のエネルギーの塊は、いかにヒルドルブの装甲が分厚くとも防げない
だろう。


だが、圧倒的な物量を誇る連邦軍とて、このビーム砲を全ての実戦部隊に配備
できた訳ではなかった。


主力を担うレビルの第一軍集団はともかく、マザーウェルの第三軍集団のジム
部隊には、ビーム砲が十分に行き届いていなかったのだ。


現に、ヴィットマンが交戦した5機のジムのうち、ビームスプレーガンを装備
しているのは一機に過ぎなかった。


それ以外に、ヒルドルブを撃破する可能性を秘めたジムは、バズーカ装備の
一機でしかない。


そして、ビームとバズーカを装備したその二機を、ヴィットマンは真っ先に撃破
していたのだ。


「ようやく、上層部の石頭どもを見返せそうだな」


彼は今まで、他の多くの戦車兵がそうだったように、機会さえあれば戦車で
敵を薙ぎ倒し、自分たちを役立たずと断じた軍上層部を見返してやりたいと
渇望し続けていた。

そして彼は、ほとんどその一心で、軍にしがみついているような男だったのだ。


モビルスーツの登場以来、時代に取り残され、日陰に追いやられていた戦車
兵達が、モビルスーツを圧倒する戦車の登場を待望するのは当然だ。

そしてついに、彼はそれを手に入れたのだ。




783 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:38


(43/51)


「見ていろ。
本当の戦争ってやつを教えてやる」

彼は照準機を覗き込み、トリガーを絞った。


ヒルドルブの巨砲が咆哮した。


砲弾は、ジムに向かって飛ぶ。
ジムは回避しよとしたが、その前に砲弾が空中で炸裂した。

その砲弾は対空散弾だった。


「な、なんだこれは!」


ジムはその場に立ち尽くす。
そしてヴィットマンが狙っていたのは、まさにその瞬間だ。


立て続けに二弾目が発射される。
今度は徹甲弾だ。

動きを止めたジムは、巨大な徹甲弾の直撃をまともに受け、ばらばらに吹き飛ば
された。


「こいつら、素人だな」

ヴィットマンは確信する。
ジム部隊は彼を真っ直ぐに追いかけてくる。


多少でもコースを欺瞞しようだとか、二手に分かれて迂回しようだとか、そういう
発想に至らないらしい。


ヴィットマンほどの熟練の戦車兵ともなれば、直線的に追いかけてくる敵の予測
位置を割り出すなど、朝飯前だ。


さらに一機のジムを、まったく同じ手口で撃破する。
残るはあと一機。

だが、もう同じ手は使えまい。
ヴィットマンはここでギアを入れ替え、前進に転じた。


ヒルドルブは猛然と最後のジムに突進する。
このまま接近しても、ヒルドルブの大砲が接近戦に向かない事は承知の上だ。


「う、うわあ!
化け物め、来るな、来るな!」


ジムはマシンガンを連射する。
ジムのパイロットは、蒼白になりながらも不思議な感覚に陥っていた。


怪物は、彼が叩き込んだ銃弾を弾きながら近づいてくる。
近づいてくる以上、その姿が次第に大きく見えるのは当然だ。

だが、距離的な視覚効果以上に、その怪物が大きくなっているように感じる。


いや、大きくなっているのは砲塔部だけだ。
砲塔部だけが上に伸び、伸びた”胴体”には”両腕”が生えた。

その両腕に、ザクマシンガンを握ったそれは、もはや砲塔ではない。
戦車の車体に乗った、モビルスーツの上半身そのものだ。


上半身のみ、モビルスーツ形態への変形機構を有する戦車――
それがモビルタンク、ヒルドルブの正体だった。


「これで終わりだ!」


ヴィットマンは、パイロットの心情を反映してか、呆然と立ち尽くす最後のジムに
銃口を突きつけ、撃砕した。


連邦軍のモビルスーツ隊は全滅した。
こうなれば、戦いは一方的だ。


モビルスーツを全て失った連邦軍は、算を乱して逃げ出す。
それにヒルドルブの巨砲が追い討ちをかける。


連邦軍は、おびただしい数の死体と機材を遺棄して敗退した。


「勝った、な。
ようやく。
モビルスーツに」


硝煙の立ち込める戦場を見渡し、彼は息を吐き出した。


ここまでの道のりは長かった。
彼はついに戦車兵の誇りを取り戻したのだ。

だが今、彼の心にあるのは、爆発する歓喜でも沸き立つような喜びでもない。
彼は快哉を叫ぶでもなく、ただ心に拡がる充足感に身を委ねていた。



そのとき、敗退した友軍から離れ、じっと戦況を伺っていた者がいた。

頭に巨大な狙撃用のゴーグルカメラを装備したそれは、『RGM−79SC
ジムスナイパー』だった。

その狙撃型ビームライフルの銃口の先に、ヴィットマンのヒルドルブがあった。




784 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:40


(44/51)


ヴィットマンは、若い戦友の事を思い出していた。
マルコの馬鹿は、無事HLVに乗れただろうか。


ヴィットマンが、ザクの出撃を望む守備隊を説き伏せ、ヒルドルブでの出撃を
決めたとき、マルコヴィッチも一緒に出たがった。


が、このヒルドルブはマゼラアタックと異なり、一人乗りだ。

これは大人のピクニックだ、お前みたいな餓鬼は連れて行けない。
そう言って、マルコヴィッチを無理やり列車に乗せたのだ。


あの時のマルコの顔といったらなかった。

まるで、菓子を買ってくれとせがんだ挙句、呆れた親に置き去りにされて
焦って泣く子供のようだった。


ああいう餓鬼が一人前になるには、もっと人生経験を積まなければどうにも
なるまい。

だから、あいつには生きてもらわないとな。

それが、俺達大人の社会に対する義務と言うものだ。


もっともらしいことを、もっともらしい表情を作って考えてみる。
しかし、どうも自分には似合わないな、そう思って一人苦笑する彼だった。


その時、腹の底から響くような振動が伝わってきた。


ヴィットマンは空を見上げた。

彼の視線の先で、HLVが飛翔していく。

それは、高く、どこまでも高く昇っていく。


彼は満足していた。
軍人として、こんな満足感を味わったのは初めてだった。


それは戦車が陸戦の王者である事を証明できたからではない。
もっと別のものだ。

それが何なのか、彼自身にも良くは分からない。


ただ、彼が思い出していたのは、自分の入隊の経緯だ。

彼は、小さい頃から軍人に憧れていた。
格好良い戦車や宇宙戦艦にのって、敵を倒し、味方を守る。


女手一つで育ててくれた母親は病弱だったし、年の離れた妹は幼かった。
だから、自分も大人になったらああなるのだと決めていた。


今は、その妹も大人になり、母娘で小さな喫茶店を切り盛りしている。
出来の悪い兄とは違い、立派なものだ。


彼女らは元気にしているだろうか。

以前に連絡を取ったときは、戦時経済による生活物資の不足で、なかなか
食材が手に入らないと嘆いていたが。


それと、変な男に引っかかっていないかも心配だ。

少なくとも、軍人とは結婚しないほうがいいだろう。
今度故郷に帰ったら、それだけは言っておかないとな。



さあ、俺も帰るか。
列車はまだ残っているだろうか。


いや、別に残っていなくても構わない。
俺には、このヒルドルブがある。

こいつがあれば、俺はどこにだって行ける。
何と言っても俺は、戦車兵なんだからな。


彼は、ギアを入れ、アクセルに足を乗せようとしていた。



その彼に向かって、ビームが放たれた。



光が、彼のコクピットを包んだ。




785 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:41


(45/51)


【同日 11::00
地球軌道上】


漆黒の宇宙を青い地球に向かって疾走する艦隊がある。
ムサイ級軽巡洋艦『カウリバルス』を旗艦とする小艦隊だ。


その格納庫内、出撃準備中のリックドムのコクピットで、ガトーは目を閉じていた。

彼の耳に、ブリッジと一足早く地球軌道上に達した試験支援艦とのやりとりが、
スピーカーを通して届いてくる。


報告者は、エーリッヒ・クリューガーという大尉だった。
彼の話から、ガトーは一つの推論が確定した事を思い知らされた。


オデッサが陥ちた。

信じたくない情報だったが、クリューガーの話からそれが事実であることを認めざる
を得ない。


また、先刻、『カウリバルス』の艦長、リンデマン少佐から、そもそも宇宙のジオン軍
に対し、軌道上への集結を要請したのが、当のオデッサのマ・クベ司令だということも
聞かされていた。


それにしても思いやられるのは、退却軍の事だ。
一体、どれだけの兵が宇宙へ脱出できるというのだろうか。


「前方に反応!
友軍の脱出船のようです!」


目を見開く。


モニターに目を凝らすと、地球軌道上を模した映像に赤い光点が表示された。

光点は一つ、二つと浮かび上がり、そして急激に数を増やし、ついには彼の
モニターを埋め尽くした。


「これが・・・全てそうだというのか!」

数百の光点によって埋め尽くされたモニターを見て、ガトーは愕然とする。

一基のHLVで、最大数百人の兵士を運搬できることを考えれば、数万人の
同胞がそこにはいることになる。


無力な彼らは難破船のように漂い、ひたすら救いの手を待っていた。



「ブリッジ、すぐに出る!
発進の許可を!」


彼は叫んだ。




マルコヴィッチは目の前の光景に魅入っていた。


彼の前には、黒と青だけしかない。
漆黒の宇宙を背景に、視界の半分以上を青い地球が占めている。


圧倒的な光景だ。
しかし、それはある事実を示唆している。

つまり、彼はオデッサを脱したものの、完全に地球の重力圏から離脱したとは
言い難い。

地球周回軌道の、それもごく低軌道に留まっているのだった。


理由は明らかだ。

彼の乗るHLVには積載量一杯まで人員や機材を積み込んでいた。

それらを制限すれば、サイド3まで到達する能力を有するHLVも、ここまで物資
を積み込めば、地球周回軌道を脱することは出来ないのだ。


そしてそれは彼の乗るHLVだけではなかった。
脱出したすべてのHLVがそうだった。

結果、この狭い空間に大量のHLVが漂うことになってしまったのだ。


マルコヴィッチのHLVに、非常事態を告げる通信が入ってくる。
それは悲鳴にも似た叫び声だった。


「こちらホートル090、コントロール不能!
機体の制御ができない!」


制御不能となった地球往還機が、HLVの海を砲弾のような勢いで突っ切って
ゆく。

だが、密集したHLVの中を、制御不能のまま走りぬけることなど不可能だ。
ついに一基のHLVと衝突し、爆発した。


すでにHLVの密度は安全と言えるようなレベルをはるかに超えている。


一つの激突が新たな衝突を生み、将棋倒しのようになって被害を拡大させて
しまうのだ。


ようやくの思いでオデッサの死地を脱し、宇宙に上がりながら、このような事故の
為に死んだ不幸な兵は、数千に達した。


だが、彼らにとっての不幸はそれで終わらない。
さらなる災厄が、彼らに降りかかりつつあった。


このHLVのもとに集まったのは、ジオン軍だけではなかった。

追撃戦の戦果を拡大すべく、ルナツーの連邦軍艦隊も、この宙域を目指していた
のだ。




786 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:42


(46/51)


そして、この宙域へ戦闘部隊を到着させたのは連邦軍の方が早かった。


サラミスからモビルポッド、『RB−79 ボール』が発進する。
ボールは加速し、HLVの群れに飛び込むと、手当たり次第に砲撃し始めた。


ボールの180ミリキャノン砲は、卵を砕くようにしてHLVを破壊していく。


彼らは殺戮をほしいままにした。
爆光が一つ発生するたびに、数百のジオン兵が虚しく宙空に散華した。


一方、ジオン軍も必死だ。

ボールの蹂躙を阻止すべく、一基のHLVのハッチが開き、二機のザクが姿を
現した。


「くそ、くっそお!」


彼はザクマシンガンをボールに向かって乱射する。
だが、マシンガンの射線は安定しない。


そのザクは地上用に改修されたJ型であり、宇宙での運用には適しておらず、
姿勢を制御し、安定させることすら困難であったからだ。


それに比べれば、ボールの機動力は悪魔的でさえある。
ボールが大きめの回避運動をとると、ザクの対応が追いつかない。

ボールはザクの銃弾を回避しつつ前進し、易々とザクの背後を奪ってみせた。
ボールのキャノン砲を食らって、ザクが吹き飛ぶ。


「馬鹿野郎、こんなところで!」


部下を失ったザクは悲憤の叫びを上げた。
彼は必死にマシンガンを撃つ。


彼らは、オデッサで辛酸を舐めながらも、ようやくここまでたどり着いた。

だが、犠牲になった同胞のことを考えれば、彼らはその幸運を素直に喜ぶ事は
出来なかった。


彼らモビルスーツ隊は、多くの友軍が彼の地で壊滅し、あるいは敵中に取り残
される中、特に優先してHLVに乗せられ、脱出させられていた。


それは何のためか。

オデッサ陥落後も、彼らモビルスーツ隊が、ジオンを支えるべき貴重な戦力で
あることに変わりはないからだ。


そう、彼らは今後の雪辱戦の為に宇宙に上がったのだ。

多くの同胞たちの犠牲のもとに。
彼らから遺志を託されて。


それがこんなところで、それもモビルポッドごときに手も足も出ないままなぶり
殺しにされるのか。
冗談ではない。


だが、地上用のザクは、宇宙では自由に泳ぐことが出来ない。
彼が溺れ、もがきながら放った銃弾は空しく宙を薙ぐ。


ボールの群れは彼を翻弄するようにして群がる。
まるで狩りを楽しむかのように。


ザクは、四方からの砲弾を浴びて撃破された。


ボール部隊は次の獲物を探して機首を巡らせる。
そのキャノン砲の向く先には、マルコヴィッチのHLVがあった。




787 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:44


(47/51)


四機のボールがこちらに向かってくる。


それは死神というにはあまりにも不恰好だったが、この時のジオン兵にとっては
紛れもなく死神そのものだった。


ボールは、マルコヴィッチの乗ったHLVの手前に位置していた獲物を仕留めた。


爆発の光に照らされるカーゴの中で、マルコヴィッチは思う。


自分は、あの地下停車場で何も出来なかった。
代わりに戦ってくれたヴィットマンは、自分だけでなく、多くの味方を救った。


ならば、彼に救われた自分も、味方を救うために戦うべきではないのか?


彼はザクの腕を操作し、補充用として積み込まれていたザクマシンガンと、予備
弾槽を掴み、叫んだ。


「迎撃する!
ハッチを空けてくれ!」


HLVの船長が眉を吊り上げて怒鳴り返した。


「馬鹿を言うな、坊主!
死にに行く気か!」


「どうせ、ここにいたって殺されるだけだ!
だったら外に出て、戦ったほうがいいじゃないか!」


返答に窮する船長の顔を新たな爆光が照らす。

ついに隣のHLVも撃破された。
次に狙われるのはこの船か。

彼は肩を落とし、息を吐き出した。
こうなっては止むを得ない。


「わかった。
だが、無理はするんじゃないぞ、伍長」


彼はマルコヴィッチを階級で呼び、敬礼を送った。
それ以外に彼に出来るのは、祈ることだけだった。



HLVのハッチが開いてゆく。
カーゴの中に、眩しいほどの青い光が差し込んでくる。


マルコヴィッチの足元には、巨大な地球があった。


このままザクの足を踏み出したら、地球に落ちるのではないか?
そんな恐怖に抗いつつ、前へと歩を進める。


ザクは宙へと泳ぎ出した。


「敵はどこだ・・・うわあ!」


彼のザクを180ミリ弾がかすめた。
ボールが迫る。


「この、堕ちろ、堕ちろ!」


マシンガンを撃ち放つが当たらない。

ボールの方を向くべく機体を捻ったが、ザクはそのまま停止せず、余分な回転を
し続けてしまったからだ。


彼はザクをまともに静止させることすら出来ない。
さらに撃ち続けるが、照準がまったく定まらず、一発も当たらない。


ボールは軽快に機動し、ザクに照準を定めた。


「やられる!」


マルコヴィッチは全身が総毛立つのを感じた。

彼は無我夢中で操縦桿を操作する。
どこに動こうなどと考える余裕は無い。


その操縦に応えて、ザクもでたらめな方向に向かって動く。
それが却って功を奏した。


ボールのパイロットは、ザクの動きが読めず、必殺の一撃を外してしまった。

彼は失望の呻きを上げる。
だが、その失望はすぐに驚愕に変わった。


ザクは、まったく予想外の動きをしたあげく、ちょうど突進する彼のボールの
脇をすり抜け、背後に回ってしまった。


マルコヴィッチは、ただトリガーを引くだけでよかった。
この距離では外しっこない。


火球に変わったボールを、彼は呆然と見つめた。
それは彼がはじめて、敵と言う名の人間を直接殺した瞬間だった。


あの敵にも母親や兄弟がいたのだろうか。
ヴィットマンのような先輩や戦友がいたのだろうか。

彼はその敵に殺されかけた事実も忘れて、その光を見続けた。


だが、戦場では、一瞬たりとも気を抜いてはならない。
無論、マルコヴィッチはそれを頭では知っている。

しかし、感覚として身体に染み付いていたわけではなかった。


動きを止めたザクに、復讐に燃えるボールが照準をつける。
マルコヴィッチのコクピットに危険を報せる警報が鳴るが、もう遅い。


ボールが主砲を放つ寸前。
何者かが視界に飛び込み、ボールを弾き飛ばした。


ボールに蹴りを入れたのは黒いモビルスーツだ。

マルコヴィッチは、そのモビルスーツを見たことがなかったが、その黒い機体は、
MS−09、ドムだった。




788 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:46


(48/51)


そのドムは、いきなりマルコヴィッチのザクに組み付いて来た。
そして、強引に彼の手から、マシンガンを奪う。


「な、なにをするんだ!」


ドムはマルコヴィッチの抗議を無視し、手足を巧みに動かし、AMBACのみで
機体の向きを変え、三機のボールに正対した。


マシンガンから放たれた銃弾が、正確に一機のボールを撃ち抜く。

僚機を撃破されたボールは左右に散開しつつ、キャノン砲弾を弾き出す。
ドムは機体を捻ってそれを回避した。


さらに慣性によって機体を回転させながら、銃撃を浴びせる。
爆発するボール。


その動きは、とても地上用のモビルスーツとは思えぬ華麗なものだった。
射撃の正確さともども、パイロットの技倆は神技に近い。


そしてドムのマシンガン弾は、最後のボールをも撃ち抜いた。


間違いない。
このパイロットは、間違いなくエースパイロットだ。

その戦いぶりに舌を巻いたマルコヴィッチを、ドムが振り返る。


「そこのザクのパイロット、生きているか?」


ドムから通信が送られてくる。
その声が高い。


「お、女なのか?」


モニターに映った相手のパイロットを見て、マルコヴィッチは思わず声を上げた。


「子供だと?」

一方、エミリアも相手の意外な幼さに驚く。


彼女は生きていた。

彼女が所属した第9師団が全滅する中、彼女のドムはかろうじて連邦軍の重囲
を脱け出し、HLVの飛行場に辿り着き、宇宙への脱出に成功していたのだ。


それにしても、とエミリアは思わざるをえない。
この若い兵も、あのオデッサの激戦を生き延びたと言うのか?


だが、ありえないことではない。
戦争の長期化で、どの部隊も人材が払底している。

戦死、戦傷、戦病などの欠員分を10代の若年者によって補わねば、到底兵が
足りないのだ。


ならば、あの戦場で戦った若年兵も多くいただろうし、そのうちの何人かが、こう
やって脱出してきても不思議ではない。

だが、ようやくここまで生き延びた若者を、これ以上無駄に死なせてはならない。
明日のジオンの為にも。


「先ほどはすまなかった。
私はエミリア・ライヒ大尉だ」


「あ、俺、いえ、私はエンリケ・マルコヴィッチ伍長であります」


しゃちほこばった返答をする若者に苦笑しつつ、一つ提案をする。


「伍長、すまないついでに、私にこのマシンガンを預けてはくれないか。
君はこいつを持て余していたのだろう?」


「で、ですが」


彼女の言う通りだが、しかし反発も無くはない。
言い澱むマルコヴィッチに、エミリアは優しく微笑む。


「信用しろ。
女でも、君よりは上手くやれるつもりだ」


それはマルコヴィッチを安心させる為の笑いであると同時に、先程、女である
ことに驚いた彼への多少のからかいを込めているようだ。

だが、マルコヴィッチは彼女の笑う姿にさえ、エースパイロット特有の迫力の
ようなものを感じた。
マルコヴィッチは、このままエミリアにマシンガンを委ねることに決めた。


「ありがとう」


彼女は今まで徒手空拳で、それでも味方を救うべく駆け回っていたのだろう。
待望の武器を得た彼女の声が躍ったのが分かった。


「だが、君はこれで丸腰だ。
無理をせず、敵の目に付かぬところに退避していろ」


そこで彼女は何かを思い出したように笑う。


「と、言われても、その様子では動くに動けんか」


その語尾に警報音が重なった。
新たな敵の編隊が急速に接近していた。


先ほどのボールは爆発して四散する寸前、後方の本隊へ緊急信号を発して
いた。


それを受けたモビルスーツ部隊が、この場に急行してきたのだ。




789 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:47


(49/51)


「やれやれ。
もうお出ましか」


連邦のモビルスーツ隊の接近を察知したエミリアは、マルコヴィッチのザクを
抱え込み、ホバーエンジンを噴かした。


二機のモビルスーツはのろのろと機動する。

もともと地上用の機体で、ザクまで抱えていては速度が出るはずもない。
それでもエミリアは、あくまでマルコヴィッチを守ろうとしていた。


彼女は彼から武器を奪った。
ならばせめて、自分が彼を守らねばなるまい。


ジムが急接近し、100ミリマシンガンの撃ち掛けて来た。
数は7機。


「まずいな、まさかこんなに来るとは」


さすがのエミリアも、表情を曇らせた。
思わずマルコヴィッチが叫ぶ。


「大尉、自分のことは捨てて逃げてください!」


「半人前が生意気を言うな!」


エミリアは敵弾を回避するが、ザクを抱えたままではAMBACにも限界がある。
ジムが彼女らを取り囲み、銃撃してきた。


エミリアの反撃のマシンガン弾を受けて、一機のジムが爆発する。
しかし、ジムの銃弾もエミリア達を捉えた。


「うあっ!」


エミリアのコクピット内に火花が飛ぶ。
何発かが機体に命中したようだ。


ヒックスか、カラマーゾフが生きていてくれれば――


そのような考えが、詮の無いものだとは分かる。
だが、それを思わないではいられなかった。


止めを刺そうと彼女らに銃口を突きつけていたジムが、側方からの攻撃を受けて
吹き飛ぶ。

ジムを倒したのは何者か。


視線を転じると、そこには黒いモビルスーツ、ドムがいた。


「ヒックス?」


いや、ヒックス達であろう筈がない。


「違う、あれは・・・」


それは宇宙用に改修したと思われるドムだった。


エミリア達が乗った地上用のドムでさえ、ようやく量産体制が整い、各地に配備
されはじめたばかりだ。

見たところ、まだ制式配備前の試験中らしいとはいえ、もう宇宙用のドムを開発
していたとは。

自軍の兵器開発スピードは見上げたものだと思う。


その間にも、宇宙用のドム――リック・ドムは、さらに二機のジムを撃破していた。
エミリアの目から見ても、パイロットは怖ろしい程の手練だ。


それはガトーの操るリック・ドムだった。


ジムの反撃の銃撃は、リック・ドムにかすりもしない。

リック・ドムの動きは、ザクとは比べ物にならない。
データに無い動きとスピードに、ジムの射撃管制システムが追いつかないのだ。


「貰った!」


ガトーは、ジム隊の真上を取ると、バズーカを二発放った。
二発のバズーカの弾体は、二機のジムを破壊する。


その間に、最後の一機がガトーの背後に回りこんだ。
ジムはビームサーベルを背中のランドセルから抜き放ち、突進する。


一方、ガトーもヒートサーベルを引き抜き、突っ込んでくるジムに突き出す。
不幸なジムは、自らヒートサーベルに刺さりに行くようにして突っ込み、串刺し
になった。


最後のジムの爆発光で、リック・ドムのシルエットが浮かび上がる。


エミリアは、その美しいコントラストに魅入っていた。
そしていつしか彼女は、それに共に戦った部下達のドムを重ね合わせていた。


ヒックス、カラマーゾフ。

私達が命を預けたドムは、やはり、最高の機体だったぞ。
このドムが、宇宙でもこれだけのパフォーマンスを発揮できるのならば、連邦の
モビルスーツなど恐れることはない。

この差がある限り、ジオンはまだまだ戦える。


戦いの緊張から解放された彼女は、肩の力を抜き、目を閉じた。




790 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:48


(50/51)


【同日 12:30】


兵士達が生存を懸けて戦う地球軌道へ、大艦隊が機動している。
その先頭を走る巨艦は、翼を広げた大鷲を思わせる。


それは宇宙最強を謳われるグワジン級大型戦艦、そのネームシップでも
ある『グワジン』だった。

『グワジン』は、ザビ家の一員で、月のグラナダを拠点とする突撃機動軍の
領袖、キシリア・ザビ少将の座上艦だ。


彼女は4隻のチベ級重巡、28隻のムサイ級軽巡という、強力な騎士団を
従えていた。


だが、艦列はこれで終わりではない。
この戦闘部隊のあとに、支援用艦艇の大群が続いている。


パプア級輸送艦や大型貨物船など、運搬能力を持つ船が可能な限り動員
され、大集団を形成していた。

さらにこれを護衛すべく、6隻のムサイの戦隊が並走している。


このグラナダから大挙出撃した艦隊の目的は、無論、オデッサを脱出した
友軍を救うことにあった。


キシリアがこれほどの大動員を掛け、このタイミングで現場に到着しえたのは、
事前にマ・クベからの救援要請を受けとっていた為だ。


現に、ルナツーの連邦軍は、すでにいくつかの小艦隊を地球軌道に派遣は
したものの、それに続くべき大艦隊を出港させるには、なお多くの時間を要する
状態であった。


それに、キシリア自身も決して連邦軍との交戦を望んでいたわけではない。
この大艦隊を編成した理由は、一にも二にもそこにある。


もし、こちらが小艦隊を派遣し、敵と交戦すれば、容易に決着がつかず、戦闘
は長期化するだろう。

下手に戦闘が長期化し、ルナツーからさらなる増援が現れたりしては、より
一層、友軍の救助が困難になる。


それよりも、早い段階で敵に戦闘を諦めさせ、早期撤退に追い込む方が良い。

その為には、こちらは最大限の戦力で出撃し、数で敵を圧倒し、その戦意を
挫いてしまうのが最良なのだ。


はたして、この大艦隊の接近を知った連邦軍は狼狽した。
彼らは、HLVの攻撃を諦め、全面的な退却を始めた。



ガトーのリック・ドムの周囲に宇宙仕様のザクが集まり始めた。
ボブ少尉のザクが話しかける。


「中隊長殿、敵は退却を始めました。
もうこの宙域は安全です」


「うむ、それは良かった。
これで友軍の救助に専念できる」


ガトーは、傷付きながらも抱き合うようにして漂う、ドムとザクを振り返った。


「貴官ら、無事か?」




791 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:49


(51/51)


マルコヴィッチは、脱力しながら答える。


「ええ、なんとか・・・」


だが。
エミリアからの返事が無い。


「エミリア大尉?」


マルコヴィッチは、モニターの中に映るエミリアの姿を注意深く見た。


彼女は眠っているようだった。
操縦桿を握ったまま、目を閉じ、少し俯いている。


マルコヴィッチは絶句した。


彼女のノーマルスーツには、ところどころに鮮血の華が咲いていたからだ。
そして、その華はただならぬ大きさだった。


「大尉?
返事をしてくださいよ、大尉!」


エミリアは返事をしない。
マルコヴィッチはなおも呼びかけ続ける。


そのやりとりを聞いていたガトーは、目をつぶり首を左右に振った。
歴戦の彼でさえ、このような光景にはやりきれなさを感じる。


彼自身、こういう場面には何度も立ち会ってきた。
しかし、どれだけ見ても慣れる事はない。

いや、慣れることなどあろう筈がない。


戦場に立ち続け、多くの戦友と関わりを持てば持つほど、その死には覆い
きれぬ喪失感や、哀しみを感じる機会も多くなる。

やがて、面識の無い兵の死に対しても、それがいかに重いものであるかを、
頭ではなく、感情で認識できるようになっていくからだ。


心に傷を負い、自責の念や、罪の意識を蓄積させながら、それでも戦場に
立ち続ける。
それが歴戦の戦士というものだろう。



マルコヴィッチは肩を落とし、震わせた。

彼は、またしても命の恩人を失った。
ヴィットマンや、エミリアだけではない。


自分を生かすために、いったいどれだけの人が死んだのか。
いや、彼らは別に自分だけを助けようとしたわけではないだろう。

だが、同胞を助けるためとはいえ、これほど多くの人々が命をなげうたねば
ならないものなのか。


そもそも戦争とは何だ?
ジオンの独立とは何だ?


彼には何も分からなくなった。

だから、彼は泣いた。
もう彼には、何も分からない赤ん坊のように泣くしかなかったからだ。


ガトーは子供のように泣く少年を黙って見ている。
叱咤するでも、同情の言葉を掛けるでもない。


どんな男でも、長い人生の中では泣きたい時の一つや二つはあるものだ。
また、自分の歩むべき道を見失い、途方に暮れる事だってあるだろう。


だが、男とは、それを乗り越えてこそ強くなれるものなのだ。

彼はそれを知っていた。




792 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:52


(Epilogue)


オデッサを巡る一連の戦闘は、この時点をもって終了した。


ジオン軍の参加兵力は97万。
このうち死傷者が40万以上、捕虜となった者は30万以上。


宇宙または他の地域に脱出しえた者は20万強に過ぎない。


一方、連邦軍の参加兵力は380万。

このうち死傷者数はジオン軍を上回る60万を算したが、捕虜は出ず、
人的損失はジオン軍よりも軽かった。


元々兵力の少ないジオン軍にとって、この巨大な損害は地球侵攻作戦の
根幹を揺るがすものだった。


また、オデッサを失うことにより、アジア、アフリカ、ヨーロッパ間の連絡線が
断たれ、各地の拠点が孤立することになった。


連邦軍にしてみれば、それらを各個に撃破してゆけば良い。

つまり、戦いはそれまでの膠着状態から、一気に掃討戦の様相を呈する事に
なったのだ。


もはや、ジオン軍が地球上での劣勢を挽回するのは不可能に近い。



だが、宇宙の戦いはそうではない。


宇宙はスペースノイドの領域だ。
地の利はジオン軍にある。


また、ジオンには、なお多くの戦力と優れた兵器がある。
容易に勝敗が決するものではないだろう。


HLVの積み込み作業を進める友軍を護衛しながら、ガトーは思う。


そうだ、まだ我々は負けたわけではない。
勝ち目が無いと諦めたい者は諦めればいい。


彼は決意する。
自分は軍人としての本分を尽くす。


勇気を臆病に置き換え、傷付くことを恐れ、戦いもせず、相手に尻尾を振る
以外に能を持たぬ負け犬に堕するなど、自分には出来ない。

それでは、戦場の露と消えた者達や、後世のスペースノイドに顔向けできぬ。
我々は立って、最後まで戦わなければならない。


ガトーが視線を転ずると、曳航してきたザクの中のマルコヴィッチは、すでに
泣き止んでいた。
が、彼は言葉を何も発しない。









立ち上がれ―――




ガトーはドムの手を差し伸べ、少年の背を押した。






793 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/08/12(Tue) 00:53


今回は長い報告になった。
付き合ってくれた者には感謝する。



さて、長話ついでに、一つ後日談を披露しようか。

この手記の筆者である、エンリケ・マルコヴィッチ元軍曹は、
現在はサイド3に住んでいる。

彼は退役後、仕事の合間を縫って元軍人達に取材し、彼なりに
あの戦いが何だったのか、答えを探そうとしていたらしい。


そして、退役後の彼の仕事とは・・・

上官だったヴィットマン少佐の母娘とともに、喫茶店の経営をすることなのだ。


決して大きくはないが、清楚で、常に木漏れ日の下にいるような、
居心地の良い店であるらしい。
自慢の料理は鱈とほうれん草のキッシュだそうだ。

もし、君がサイド3に立ち寄る事があれば、行ってみるといい。



もっとも、私自身はまだサイド3に帰るわけにはいかんがな。
いずれ事を成した暁には、そういう時間を持ちたいものだとも思う。


さて、今宵はそろそろ行かねばならんな。


では、また会おう!





794 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/08/12(Tue) 13:38
いやいや、お久しぶり&お疲れ様でした。
レポートはじっくり読ませていただきました。
手記が出版されていれば書店で探してみたいですな。

オデッサの英霊と、
なおスペースノイドの未来のために戦うジオン軍将兵に敬礼!

地球の日本では、もうすぐお盆という時期で
先祖の霊が家に帰ってくるといわれます。

795 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/08/17(Sun) 15:01
あえて言おう、やりすぎであると

796 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/08/17(Sun) 15:37
気持ちは分かるがそういうなって

797 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/08/25(Mon) 12:32
ジーク・{半拍}ジオン

798 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/09/04(Thu) 02:54

>>696
【ジオン士官A「サイド3の決戦も行わず何が終戦だ!クソ!」
ジオン士官B「そうだ!我々はまだ充分な戦力を蓄えているではないか!」
ジオン士官C「甘い!連邦軍の戦力を見極められんのであれば結果は見えている」
ジオン士官A「てめぇ!それでも公国軍士官か!!」
ジオン士官D「今は再起を待つんだ!その間に戦力を再編をして…」 】

(宇宙暦0080 1月15日
L2付近 暗礁宙域 『カラマ・ポイント』 )


老臣どもが!
この期に及んで小田原評定とは!

まだ戦うと言うのならば、何故あのア・バオア・クーでは死力を尽くさなかったのか!


敗残の恥辱に堪えられぬだと?
そのような境遇に、自らを追いやったのは誰か!

己の定見を持たず、付和雷同して流されるばかりだからそうなるのだ!

事が終わってから雄弁を奮ったところで何の意味がある!
奴らに口で言うほどの勇気があるのならば、今からでも遅くはない!

連邦軍に特攻して玉砕し、先に逝った同胞達にあの世で自らの不明を詫びれば良いのだ!



だが、我々は奴らとは違う。
我々はア・バオア・クーを離脱し、生きる途を選んだ。

たしかに、死して名を取るも良かろう。

だが、たとえ何度戦いに敗れようと、いかに汚辱にまみれようと、卑怯者と罵られようと、
泥を被ってでも生き、勝つまで戦い続けるのも武人の在り様ではないのか?

・・・そう。
生きてこそ得る事の出来る、真の勝利を掴む為にな!



我々にはスペース・ノイド解放という大義がある!
それに比べれば、個人の武功の多少など小事に過ぎん。

ジオン共和国を僭称する売国奴どもの手から祖国を回復し、ジオン再興を成し遂げる!
その為の戦いは、今、始まったばかりなのだ!



799 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/09/04(Thu) 02:55

>>697
【バーニィ!もう戦わなくていいんだよ、バーニィィィイイイイ!!
ああ、バーニィ…! 】


バーニィ?
そうか、君の友人は軍人だったのか。

それも、あのサイクロプス隊の一員だったとはな・・・。


サイド6は中立を謳いながらも、実質は連邦寄りだったと聞く。
それどころか、連邦のモビルスーツ開発を手伝っていたとも言う。

そこに少数で乗り込んだサイクロプス隊の任務は重要であり、また、だからこそ
彼らの特殊部隊としての能力の高さを伺い知る事が出来る。


だが。
隠密裏の行動を要求されるこの部隊の兵が、よもや民間人の、それも君のような
少年と親しくなっていたとは。

いや・・・。

君のような少年だからこそ、彼も心を開いたのかも知れん。
ジオンの軍人としてではなく、一人の人間としてな。



アルフレッド・・・と言ったな?

戦争とは軍人と軍人の殺し合いではない。
軍人である以前に、人と人との戦いなのだ。
そしてそれは、人間同士の営みの一つとすら言える。

君がその小さな目で見て、感じたものは、一過性の災害などでは決してない。
人々が”生きる為に”やったことなのだ。

少なくとも、我々ジオン軍にとってはそうだし、我々と戦った連邦の兵士の多くもそうだろう。


君は戦争の悲惨さ、友人を喪った哀しみに、胸が張り裂けんばかりの思いをしたことだろう。
だが、それを戦争という、”災害”のせいにしてはならない。

間違いなく、人が引き起こしたものなのだと言う事を忘れるな。



だが。
スペース・ノイドの解放が成り、この戦いが終れば、そのような悲しい思いをすることも無くなるだろう。

すべてのスペース・ノイドが地球に住む者達と同様、安全で豊かな暮らしを享受できるようになれば、
君と、君の周囲の人々は常に笑顔で居られるようになるはずだ。

君が友人の魂へ祈りを捧げる時、そのような日が早く来るようにとも祈ってはくれまいか?


故人も、いや、バーニィもそれをこそ望んでいよう。



800 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/09/04(Thu) 21:38
ガトーは核弾頭を使い、その信念と理想を汚した

それでもやらなきゃならない事でもあったのかよ、ガトー!
俺はお前を許さない!!


by職務怠慢でガトーに怒られた事を恨んでる雑魚兵

801 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/09/10(Wed) 17:43
アナベル・ガトー・・・ジオンを再起させるため、エギーユ・デラーズと
共にデラーズ・フリートを作った志高き軍人であり凄い人です。
でも、早とちりしてその目標以外全てを見失っていた・・・バカな人です・・・
byカミーユ・ビダン

802 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/09/21(Sun) 22:30
>>655
【「ギレン総帥の緊急放送だとよ」 】

ふむ。
非業の戦死を遂げられた地球方面軍司令、ガルマ大佐を弔われるとの事だったな。

確かに経験不足からか、あるいは親の七光りと揶揄されるのを気にしてか、
スタンドプレイに走る傾向にあったのは事実だ。
此度の敗戦にしても、いささか功に焦ったような節があるのだともいう。


・・・だが。
あの方は生まれながらの将器だった。

前線の指揮官ならば、鉄をも打ち砕く勇猛さや、生き馬の目を抜くがごとき才気も必要ではあろう。
そして、そのような人材ならば我が軍にも多く居る。
しかし、それら多士済々の豪傑というものは、一家言の持ち主が多く、得てして他人の言を信用せぬものだ。

それらが一つの軍組織に組み込まれたとき、その軍はまとまりを欠き、一騎当千の勇者揃いの軍が、
素人の集団に敗北させられることすら有り得るのだ。

フフン。
古代の英雄が言ったという、使い古された諺があるだろう?


”一頭の羊に率いられた獅子の群れなど恐るるに足らず。
しかし、一頭の獅子に率いられた羊の群れは恐るるに値ふるべし”、とな。




『我々は、一人の英雄を喪った・・・』




・・・ガルマ・ザビ大佐。
あのお方こそ、獅子になり得る方だった。

いや。
獅子の群れを束ね、導くことの出来る、まさに将器の持ち主だった。

そして、その器は日々の修練などで身に付くものではない。
それこそ、生まれ持った才と言うものだ。

惜しい人物を亡くしたものだ。
だが・・・。




『これは、敗北を意味するのか?

・・・否!
始まりなのだ!!』




・・・そうだ。
これは、我々の敗北を意味するものではない。




『国民よ!
悲しみを怒りに変えて・・・

立てよ、国民よ!!』




・・・これは戦争だ。
優れた人間、良い人間だけが生き残るとは限らない。
そして、死んだ人間は二度とは生き返らない。

生き残った者は、その死んだ人間の意志を継ぎ、彼らの分まで戦い、勝利せねばならんのだ。
なればこそ、私は戦おう。


ジオンの栄光のために!!



ジーク・ジオン!!




803 名前:アナベル・ガトー ◆JZkC7c9U 投稿日:2008/09/21(Sun) 22:31

>>653
【どうすれば大佐になれるんだ? 】
>>700
【夢を叶えたい 】


君は大佐になりたいのか?
なぜ、大佐に拘るのかは分からぬが・・・

君の憧れの人物が大佐だったのか?

・・・フン、まあいい。
それ以上は聞くまい。


兵科にもよるが、大佐といえば相当の地位だ。

地上軍の歩兵科ならば、通常は連隊長として2500名程度の人数を指揮下に置くことになる。
宇宙軍ならば、大型艦の艦長か、小中規模の艦隊の司令に就く事が多い。
その場合も、やはり数百人から数千人を指揮下に置くこととなろう。


そのような地位に、素人を就けるわけにはいかん。

士官学校を優等の成績で卒業し、軍に入ってからも功績を重ね、
同時に軍事、科学、政治、経済、歴史など、各種の学問にも励む。

士官学校卒業後も、そういう努力を続け、かつ、実績を挙げた人物で無ければなることはできん。


それに、それほどの地位ともなれば、人を統べる力も必要だ。
いわゆる、徳というものだな。


・・・しかし。
それは決して、君の手の届かぬところにあるのではないぞ?

”努力は人を裏切らず”という。

しかし、実際には努力をしたからといって、必ず望んだ結果が出るとは限らん。
それが人生というものだ。


だがな。
それに君が費やした時間と、流した汗と涙は決して無駄にはならん!

それが多ければ多いほど、君は強くなる事が出来る。
そして強くなればなるほど、君は他者に対して優しくなる事が出来るはずだ。

他人を気遣い、優しく出来る人間こそが、真に強い人間なのだ。


・・・兵と言うものはな。

自分の上官が、命を預けるに値する人間かどうかというものを、実に良く見ているものなのだ。
もし、君が弱い人間であれば、彼らはたちどころにそれを見抜き、君の命令には従うまい。

だが、君が、命を預けるに足る強さと、優しさを備えた人物であれば、彼らは喜んで君の為に
命を投げ出して戦うだろう。

そういう軍は、強い。


いいか。
夢を叶えたくば、不断の努力を続けよ。
そして強くなれ!

さすれば、君の夢への途も、おのずと開けよう。


君の健闘を祈る!!




804 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/09/22(Mon) 04:23
ガトーはジオン厨
だから連邦厨の俺が成敗してやる

805 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/10/06(Mon) 20:45
祭りが開催されてるようですよぉ〜
ご参加くださぁい
http://www.10ch.tv/bbs/test/read.cgi?bbs=narikiri&key=222954810&ls=50

806 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/10/07(Tue) 21:16
いよいよ戦争も終わりか…
これで俺達の独立は
ジオン兵A「おい!テレビ見ろおまえら!」
ジオン兵B「何だ?そんな大声出して…!!お、おいコイツまさか!」
一体なんだ?そんな慌てて?
!!…な!?レ…レビル!?

807 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/10/23(Thu) 17:59
ガンダム一号機(フルバーニアン)とガンダム二号機(サイサリス)はどっちが強いの?

808 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/10/24(Fri) 23:37
連邦兵「敵防衛線健在!友軍の突破を拒んでます!」
さすがにジオンの抵抗も必死か…
しかし関心ばかりもしていられんなんとか突破しなければ…
連邦兵「後方より艦隊接近!」
何!?(命運尽きたか…)
連邦兵「あ…待ってください…第6艦隊です!第6艦隊が間に合いました!」
ダグラス中将が!よし!流れはこちらに傾いた!
全艦進撃!一気に突破するぞ!

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