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【オリジナル】国立光明学院 12時限目【異能】

650 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2020/11/07(Sat) 21:22
「ダメだね、もう彼の声は聞こえない。所謂『寿命』だよ」
キッチンラックの中段に置かれたオーブンレンジに対して、まるで目の高さを合わせるように、
"天野典人"は中腰になって、その「彼」を撫でながら呟く。
「うう・・・まだ六、七年ぐらいしか経ってないのに・・・」
一方、"天野優月"は典人の言葉を聞くや否や、恋人にするようにオーブンレンジに顔を埋める。
「十年経ってないのに・・・」
「うちは特に、お菓子を焼いたりでよく使うからねぇ」
尚も膝をついて、オーブンレンジに語りかけている優月を尻目に、
典人は「彼」に一礼すると、少し離れたダイニングの椅子に腰掛けた。
「それでどうする?明日は仕事だから、車を出せるのは来週になるけど」
典人が遠目に見つめるカレンダーには、赤い数字の下に「典人出勤」と書かれている。
「できれば早く欲しい・・・買ってる材料的に」
「それなら電気屋に送ってもらうしかないけど」
「なになに?どうしたの?」
元々明るいとは言えない典人と、オーブンレンジの死で暗くなってしまっている優月の元に、
二階から降りてきた少女は二人の明るさを補うような笑顔でパタパタと駆け寄る。
「美空ぅ・・・オーブンが死んじゃったよ・・・」
「えぇー!?」
美空――二人の娘である"天野美空"は今度はバタバタとオーブンレンジに駆け寄り、
優月と同じく膝をついたかと思うと、手を合わせて拝み始める。
「美空、それは何かな?」
「死んじゃったみたいだから、お祈り」
「そうかい」と典人は小さく笑い、優月も少し驚いたもののすぐに微笑んで、美空と一緒にお祈りを始めた。

美空のお祈りはすぐに終わり、彼女は合わせた手を開くと同時にピョンと勢いよく立ち上がる。
「ねぇ!じゃあ、お買いもの行くんだよね!」
さっきまでオーブンレンジの死を悼んでいたとは思えない笑顔の美空の提案を受けて、
優月もお祈りを経て落ち着いたのか、少し楽しそうに考え込む。
「うーん、どうしよう」
「何時行くにしても、急ぎで何か必要な訳でも無いし、近所の電気屋で良いんじゃないかな」
「えぇー!お買いもの行きたーい!」
優月と典人はラジオ体操のようにぶんぶんと腕を振り回す美空を眺めた後、同時にお互いを見合わせる、
と同時に優月が先手を取って表情を崩し、典人も「やれやれ」と言わんばかりに薄く笑う。
「よし!」と言うが早いか、優月は先程の美空と同じ切り替えの早さでピョンと立ち上がり、
素早く携帯電話の液晶に指を滑らせたかと思うと、今度は時が止まったように液晶を見つめる。
「よし!」
ものの数秒後の二度目の掛け声で悟ったのか、美空も後ろに回り込んで液晶を覗き込むと、
優月の肩を揺らしながら歓喜の声を上げる。
「行けるって?」
「うん、明日車出してくれるって!」
話しながらも美空は飛び跳ねて優月を揺らし、優月も合わせて体を揺らしている。
それが何度か繰り返されると、今度は美空が「よし!」と掛け声を上げ、
揺れる優月の体をピタリと止めて階段に向かって駆け出す。
「じゃあ、明日の服選んでくるね!」
まだ飛び跳ね足りないのか、美空はさっきまでの勢いを取り戻して階段を駆け上がっていった。

いつの間に淹れたのか、典人は湯呑みのお茶を啜り、一息つくと同時に呟く。
「もう中学生なのに、美空は何時まで経っても子供っぽいね」
「まだ中学生だもん。私もあんな感じだったよ」
「僕はそうでも無かったと思うけど」
「典人くんが大人っぽすぎたんだってば」
優月は典人の後ろに回り込み、肩に手を置いて彼の頭の上で話す。
「気をつけないと、すぐおじいちゃんになっちゃうよ」
先程の美空と同じように、今度は優月が典人の体を揺らすが、
二人と違って乗り気ではない典人の体は機械的にぎこちなく動いている。
典人は彼女の言葉には答えないのか、あるいは沈黙が答えだったのか、
少しの間の後にお茶を啜って、「まぁ、いいや」と飲み終わった湯呑みを持って流しに向かう。
「鶴によろしく」
それだけ言うと、典人は湯呑みと溜まっていた食器を洗い始める。
「自分で言えばいいのに」
ただでさえ、水音で聞こえにくいところに小さな声で、優月は俯いて口を尖らせながら呟いた。


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