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日本における児童労働・児童虐待の歴史

[1:名無しさん@お腹いっぱい。 (2012/11/04(Sun) 12:21)]
明治以降急速に欧米化を目指して突き進んだ日本の歴史、その中で
貧富の差は激しかった。その中で人の人生は12歳、小学校卒業で決まってしまった。
教育の機会均等も戦後御昭和24年位までなかった。
多くは幼くして奉公とかに出されたのだった。


[13:名無しさん@お腹いっぱい。 (2016/01/16(Sat) 20:33)]
坪井栄の小説「二十四の瞳」は、昭和27年〈1952)に発表、29年に映画化された。
1928年(昭和3年)から1946年(昭和21年)まで、すなわち、昭和の戦前期、終戦、その翌年まで、18年間が描かれている。
日本がまだ貧しかった時代である。またそれはレコード歌謡の黄金時代、日本の映画黄金時代ともかさなる。
当時の時代背景を知るうえで非常に貴重で参考となる。

昭和3年〈1928)には。日本におけるレコード歌謡の初めたる「波浮の港」(野口雨情作詞、中山晋平作曲、佐藤千夜子歌)が生まれた。
また「影を慕いて」はこの昭和3年に作られたものである。


[14:名無しさん@お腹いっぱい。 (2016/01/16(Sat) 20:40)]
この時代と重なる代表的な歌に「人生の並木路」がある。昭和12年日活映画「検事とその妹」の主題歌である。

昔、日本が農村主体のまだ貧しかった時代、たいてい貧乏人の子だくさんでした。兄は弟や妹を一身に面倒見る、それが当たり前だったそうです。

「飽食の時代」といわれる今の世では、絶対に書けない。

詩人・佐藤惣之助は、「兄弟の絆」というものを短い言葉で簡潔に歌い上げています。現代にはありえないすばらしい歌詞だと思います。



古賀政男自らも、7歳にして一家で貧しい故郷を捨てて朝鮮に渡り、17歳まで朝鮮で過ごした。

古賀政男は、『詩はお姉さん、曲は弟』と詩を大切にした人で、この佐藤惣之助の詩に触れ「大粒の涙で五線紙を濡らしながら」作曲したといわれます。




人生の並木路

(佐藤惣之助 作詞、古賀政男 作曲 )

1.泣くな妹よ 妹よ泣くな
  泣けば幼い二人して
  故郷を捨てた甲斐がない
 
2.遠いさびしい日暮れの路で
  泣いて叱った兄さんの
  涙の声を忘れたか
 
3.雪も降れ触れ 夜路のはても
  やがて輝くあけぼのに
  わが世の春はきっと来る
 
4.生きて行こうよ 希望に燃えて
  愛の口笛高らかに
  この人生の並木路


[15:名無しさん@お腹いっぱい。 (2016/01/16(Sat) 20:46)]
>>14
日活映画1937.1渡辺邦男監督「検事とその妹」は昭和10年竹田敏彦原作「検事の妹」の映画化作品。
幼くして親を亡くした幼き兄弟が支え合って生きていく姿をえがいたもの。

人生の並木路


雪も降れ降れ 夜路のはても
 やがてかがやく あけぼのに
 わが世の春は きっと来る

3番目の詞と4番目の

 生きて行こうよ 希望に燃えて
 愛の口笛 高らかに
 この人生の 並木路

〜この詞に救われる思いがします。

 だれもがそう励まされて人生のたどって来た道すがら、人という物は道の末にあると思う我が世の春を、今も夢見て歩くようです。
 厳しい世は世の中や出逢う人々が辛くあたり意地悪をするわけではないのですね。
 『世の総ての厳しさこそ、幸福の手がかり』
 と、く二人の背にやがては登る太陽の暖かさに励まされて我が人生の並木道を行く姿の中に「常楽我浄」があると聖者は説いた。すなわち・・・
 諸行無常 是生滅法 消滅滅己 寂滅為楽

 『常楽我浄偈』(じょうらくがじょうげ)として世の人々の火灯りとして智慧の灯りを点されていますね。
 この歌を聞くとき何時も、このように思うのですよ。


[16:名無しさん@お腹いっぱい。 (2016/01/17(Sun) 00:04)]
江戸時代から見習い奉公というのがありました。
5〜6歳の頃から、食事とスズメの涙ほどの僅かな給金のみでお店奉公に上がり、一心に働いて、その中で行儀・世渡り・世間常識を獲得して、一人前となって世間に通用するようにする、という制度です。
それが職人の徒弟制度のように、戦前の社会には残っていました。貧困な家から口減らしのために裕福な家に奉公に上がるのです。<食べられればよい>身分制度から貧富の差が拡大した時代でした。


[17:名無しさん@お腹いっぱい。 (2016/01/17(Sun) 00:14)]

大正時代に作られた多くの童謡、その一つ「叱られて」はそうした、<山を越えた彼方の花の村>の貧しい家から町の裕福な家に子守り・使い走りとして奉公に来ている、10歳前後の少年少女のことを歌った歌です。

「叱られて」

作詞 清水かつら
作曲 弘田龍太郎


(一)
 叱られて 叱られて
 あの子は町まで お使いに
 この子は坊やを 寝んねしな
 夕べさみしい 村はずれ
 コンと狐が 鳴きゃあせぬか

(二)
 叱られて 叱られて
 口にはださねど 目に涙
 二人のお里は あの山を
 超えて彼方の 花の村
 ほんに花見は 何時のこと


[18:名無しさん@お腹いっぱい。 (2016/01/17(Sun) 21:30)]
昔、子供たちは10歳前後、尋常小学校や高等小学校の卒業を契機に奉公に出るのが通常で、奉公にあがれば、まず丁稚の修行からで、はじめは主人のお供や子守、掃除などの雑用を受け持ち、少し長じると商用の使い走りなどをしました。
商家では、こうした丁稚奉公を4〜5年勤めた後、17〜8歳頃になれば手代に昇格します。
こうした「奉公」が無くなるのは戦後のことで、田舎では昭和も30年代くらいまでありました。


[19:名無しさん@お腹いっぱい。 (2016/12/22(Thu) 17:44)]
日本における児童労働・児童虐待の歴史

http://www.10ch.tv/bbs/test/read.cgi?bbs=history&key=351999297&ls=50


[20:名無しさん@お腹いっぱい。 (2016/12/22(Thu) 17:51)]
日本における貧困と人身売買の歴史

http://www.10ch.tv/bbs/test/read.cgi?bbs=history&key=364610266&ls=50


[21:名無しさん@お腹いっぱい。 (2018/12/21(Fri) 22:04)]
>>17-18

コガミュージアムコンサート 

三代目 海沼実の唱歌・童謡にんげん史
第23回 弘田龍太郎


第23回は作曲家弘田龍太郎を取り上げます。
懐かしのレコードとゲストの音羽ゆりかご会の歌唱で
「叱られて」や「雨」などの作品を
お楽しみいただきながら、人物像と魅力に迫ります。


2019月年2月17日(日)

開演 14:00  (13:30開場)

古賀政男音楽博物館(コガミュージアム)けやきホール
入場料 指定席制 2000円 (指定席制 要予約)
東京都渋谷区上原3−6−12
TEL.03−3460−9051
主催 一般財団法人 古賀政男音楽文化振興財団

東京メトロ・小田急線代々木上原駅
南口1 右側、駅舎に沿った「音楽村通り」を歩いて 井之頭通り 駅前交番前


[22:名無しさん@お腹いっぱい。 (2019/08/09(Fri) 10:46)]
漢方


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