掲示板に戻る 全部 前 50 次 50 1 - 50 最新 50 スレ一覧



レス数が 1000 を超えています。残念ながら全部は表示しません。

【オリジナル】異国小路の吸血姫 新館ノ四

582 名前:吸血姫メイド・アーチェロ ◆ufrlRV4E 投稿日:2021/05/23(Sun) 14:11
>>571(柚葉さん)(さらにつづきでございます)

お嫁さんは走りながら
「米を食われて嫌なら、山の中に棲もう。
 山には木の実、草の実、獣もたくさんいる。
 いくらでも腹いっぱい食わせてやる
二人でずっと暮らそう。」
と、そう申しました。

そうしましたら森の中から木霊のように声が響きました。
「生きのいい人間を連れてきたのに、独り占めはさせん。
 そいつはみんなで食うのじゃ。」
そう言って目の前に次々と怪しい影が ― 多くの二口女が現れ立ちふさがったのです。
お嫁さんは腕を振るうとすごい力で二口女たちをなぎ倒し、なおも走り続けました。

若者はとっさに樽から飛び出すと、走って走って、近くの沼に転がり落ち、丈の高い草の間に隠れました。
遠くから叫び声、打ち合う音が聞こえてきましたが、やがてそれも静まりました。

若者がじっとしていると、足音が近づいてきます。
それはお嫁さんのものでした。
草むらの隙間にじっと目を凝らしたお嫁さんは言いました。

「山の中ならお前様に食べ物のことで苦労をかけないと思ったが、どうやら仲間の者たちがほおっておいて
くれぬようじゃ。
 もう村に帰ってくれていい。
 すまなかったな、こんな妖怪の相手をさせてしもうて。」

「ちがう!」

若者は大声で答えました。

「俺が小さい時、俺の村はひどい不作で大勢飢え死にした。
 俺の父母も…。
 俺一人、他所の村の親族に助けられかろうじて生き延びた。
 この村だって貧しく、いつ不作で多くの人が死ぬかもわからぬ。
 そんな場所で女房子供を持って、いつか食わせてやれない日がくるのが怖かったのだ。
 お前は優しくて良い嫁だった…。」

そう言うと、お嫁さんは優しい顔になって言いました。

「そうか…。
 一つ、教えておこう。
 お前様が今隠れているその草は『菖蒲』と言ってな、魔除けの力がある。
 それを持って帰るがいい。
 それを植えておけば、仲間たちも手が出せまいよ。」

それから寂しげに

「昔、人の子のふりをして出歩いて迷子になり行き倒れていたわしに、自分も腹を減らしながら握り飯を
恵んでくれたこと、覚えておるか?」

若者が驚いた顔で見つめてくるのを見ると、女は少しだけ微笑んで去っていきました。
お嫁さんはそれから二度と現れることはありませんでした。

おしまい


(控室に戻ってまいりました…。)

「お疲れさまぁ。
 あらら、本当に疲れているようねぇ。
 ぐったりしちゃってぇ。」

…怖い話をするはずでしたのに、途中から趣旨が変わってしまいましたわ。
親御さんたちも不思議そうな顔をしてらっしゃいましたし。

「まあまあ、良いじゃないのぉ。
 それなりに聞き入ってもらえたんじゃないかしらぁ。
 わたくしの昔の『土産話』。」

二百年ぶりぐらいに思い出しましたわ。
昔、故郷の城館で聴かせていただいたのを。

「そうよぉ、ちゃんと覚えていてくれて嬉しいわぁ。
 本人たちの前で改ざんされた話を聞かせるのも申し訳ないしぃ。」

『本人』って、ま、まさか!?
ええっ、『あんたも知ってる人よぉ。』って、そういう意味でしたの?

「さらに言うなら、『本人』だけじゃないけどねぇ。」

あ…、よく見ると『ご本人』のスカートの後ろに女の子が。

「母親の血を濃く継いだもので、長生きなのよねぇ。
 かわいいでしょ?
 いや〜、くだんの若者とは仲睦まじくてこんな一粒種までできちゃってぇ。
 嬉しいわぁ。
 今日は、たっくさん柏餅を用意するからたっぷり食べてねぇ。」

(その後、わたしはたくさんの柏餅づくりにかかりきりになったのでした。)


掲示板に戻る 全部 前 50 次 50 1 - 50 最新 50 スレ一覧

read.cgi ver.4.21.10c (2006/07/10)